パラレルワールド*自由の女神と白い砂浜
メタファーの世界はパラレルだ。
知っていたけれど、ほんとにパラレルだ!と、私は、少々驚いた。
「白い砂浜」のせいである。
白い砂浜は、カリフォルニアの記憶が生んだメタファーだが、現実の白い砂浜ではない。
それは、私の内的世界を象徴するものだ。
様々な意味をそこに含み、その全ての意味は、私自身も頭で言葉として理解することは、おそらく不可能だろう。
メタファーとはそういうものだ。
言葉だけで理解できるなら、メタファーで表す必要もない。
情報量が頭で理解できる量を超えているから、メタファーが必要なのだ。
私は、白い砂浜を探索している。
探索といっても、それは、お風呂の中とか、道を歩いている時とか、文章を書きながらだ。
そして、メタファーの世界はパラレルだ!と驚いたのだ。
白い砂浜は、最も最近現れたメタファーだ。
しかし、それは、私が以前に生成したあるメタファーの原材料だということがわかったのだった。
昨年の7月に生まれた自由の女神というメタファーがそれだ。
自由の女神は、白い像だ。
自由の女神になりたい、とその時、私は言ったのだ。
どうやれば、自由の女神になれるのだろう?と。
そのメタファーの意味のひとつは、観光地ということは把握したが、それが何を意味するか全ては把握していない。
先程まで、私は、自由の女神については忘れていた。
忘れていても、一度生まれたメタファーは消えない。
こちらもまた、セオリーである。
だから、メタファーを覚えておこうとする必要はない。
ともかく、その時は知らなかったけれど、その像は、白い砂浜の砂を固めて作るものらしい、と私は理解したのだった。
その時、まだ、存在しなかったメタファーが、先に生まれたメタファーの原材料になるなんて、それはどういうことなのか?
原材料は、まだ、生まれていなかったのに、先に像が生まれるって何?
パラレルワールド!と、私は、ほんとにびっくりしたのだった。
知識があることと、体験することは、まるで違う。
つまり、こうか、と私は思った。
自由の女神の成分は、白い砂。
砂に含まれるものに、何かが加わり、自由の女神はできる。
何か、が、加わる。何かもメタファー。
そうでなければ、砂が像にはならない。
そして、ここでまた、順序が逆に、過去が判明した。
白い砂には、ベイビーTが破壊した山の砂が混じってる。
山の砂の中から、白いものだけは、砂浜に移してある。
使える部分は残ってる。
白くないものは風に乗って飛んでいった。
理解の順番がめちゃくちゃである。
これはそういうもの。
だけれども、時系列を整理することは意味がある。
さて。
たくさん質問すべきものが登場した。
これは、どうやら、私は大きな変化の中にいるようだ。
なぜに、私が、これを、探索するかといえば、これらが、私の現実と私の体を動かすと、知っているからだ。
メタファーは、楽しい遊び道具ではない。
遊び道具のような、実用的な道具だ。
特に、私のように変化をめんどくさがる人は、メタファーなら簡単に変化させられるので、変化しようと思わなくとも、気がついた時には現実が変わるという素晴らしい効果を発揮する。
メタファーと、体、本人を解離させなければ、それが可能だ。
イメージが現実化しない時は、解離が起きてる可能性がある。
セッションでそうな場合は、本人には原因はない。
セッション提供者の理解のレベルの話だ。
解離させないようにするには、ひとつのことだけ守ればよく、それを教えない人はいないはずだ。
自分でやる時は、必ず最初に、浮かんだメタファーのあることを確認するのを忘れないようにするだけだ。
これは、書かない(笑)
そのうち、まとめる。
まだ、実験中。
ともかく、メタファーの世界はパラレル。
面白すぎる。