お金のはなし3

「それは、生き銭なのか、死に銭なのかを考えてお金は使わないといけない」とその人は言った。
食べることは、そこからは除外するらしい。
食べることは、生きることに直結しているからだ。

お金に関して変化をしていくときは、まず、使い方からだ、とも言った。
今日からすぐに始められるのは、お金を得る方法ではなく、お金を使う方法だからと。

生存に関わる以外のお金は、まず、生き銭か死に銭かを考えることが必要らしい。
生き銭は、未来につながるお金。
死に銭は、そこで流れが止まるお金。

欲しいから買うのではない。
好きだから使うのではない。

それにお金を使うことは、未来に活きるか?
それは本当に必要か?
まず最初にそれを考えること。


お祝いは、喜んでどんどん出すこと。
なんでもお祝いのお金は全て生き銭なのだそうだった。
いいことがある人は、いい流れの中にいることが多く、共に喜ぶことでその流れに自分も関係するからという理由。
周囲におめでたいことがある時は、どんどん喜んで、どんどんお金も出しなさい。
ただし、単に付き合いで、では意味がないわよ、ほんとに喜ばないと、と。


また、それ以外も、他人のために喜んでお金を使うこと。
生き銭ならば、それは投資だから。

ただし、生きている間は、よほどの富豪でない限り、自分の収入の10%以内で。
それを超えると、自己犠牲が混じるから、喜んでできなくなる。

(これが、私がオックスフォードが欲しい理由だ。たくさんお金を余らせる時、手元にもたくさんお金が残る。それを使う喜びを私は必要とする。)

その際、相手をしっかり見極めること。
相手が、得ることばかり考える人の場合、流れがそこで止まるから。
情でお金を動かさず、欲しがる人に与えるのではなく、与える人に与えること。

だから、人からお金を得たければ、自分も与える人になるよう心がけること。

また、与えられるものを喜んで受け取ること。
相手は与えたいのだから、遠慮することは、相手の喜びに水を差すことになる。

与えたい人は、与えればまた回ってくると知っているから、好意を喜んで受け取ればいい。
与える人は、お金を失うのでもなく、お金が減るのでもなく、お金を出すのだから。


そしてある時、私は、その人から言われた。
「あなたは、お金の受け取り方が悪い」

そこから一二時間、私は、お金の受け取り方の練習をさせられた。
相手が気持ちいいと幸せを感じるお金の受け取り方だ。

そして、その後から、私はお金の受け取り方を変えた。
私の仕事は、現金を直接もらうことも多いので、試しやすかった。

不思議なことに、そのあたりから、私のお金の回り方が変わったのだ。
奇妙なことが度々起きた。
びっくりした。


そして、お金の話は、考え方もだけれど、態度や行動が直結する、と私は覚えた。