水、電気、ガス

スーパーに買い物に行った。
いつもと変わらず、物が並んでいた。
人はいつもより少ない。
あまり外出するなと言われているからだろう。


非常事態宣言がそのうち出る可能性はなきにしもあらずだ。
それでも物があるのは、おそらく、この辺りの人は、すでに家に備蓄が少しはあるから、慌てて食料を買う必要がないからだろう。

そのうち、かなりの確率で災害が起きると思っている人は多い。
だから、備蓄はある人が多い。
念のためにしても、少しずつ、買い足せばいい。

ただ、災害については1週間分用意しなさいということになっており、今回は、もしそうなったら、2週間は外に出られない。
期間が長い。

即席麺やレトルト食品が品薄だったから、食料の買いだめを進めている人はある程度の人数いる気がする。
すると、いざそうなっても、その人達は買い占めには行かないから、パニックと物の不足は、少しはましだろう。

私は、シャンプー1つと、歯磨き粉、猫のえさ、カップラーメン、風邪薬を何個か、余分に買った。

風邪薬を買ったのは、もし、症状が出たら、ひどくなければ病院には行っても行かなくても一緒だが、10日くらいだらだら続くことがあるらしい、いつもの風邪より薬がたくさんいると、どこから情報を仕入れてくるのか、主婦の母が風の噂を仕入れてきたからだ。


それを聞いて、どうやら数字が全てではなさそうだと私は思った。


昔起きた震災の時も、母は1人だけ、風の噂をどこかから仕入れてきて、それはだいたい正しかった。
おばちゃん達はSNSは使わないが、その独自ネットワークには恐るべしものがある。


「それでも気楽だわね」と母は言った。
症状を抑えてくれる風邪薬は、どこにでも売ってるし、もし風邪の症状が出たら、家で薬を飲んで、人にうつさないように、大人しくしていればいいのよね。

「ようは、ひどい人や他の病気の人が、ちゃんと治療が受けられるよう、病院をパンクさせなければ大丈夫なのよね?」

「家が潰れる心配はないし、水、ガス、電気は使えるし、地震よりましだわね。」

母は言った。


「日本でパニックが起きないのは、それもあるかもしれないね」と、私は言った。
「恐怖慣れね」と母は言った。

「それに、手洗いうがいは普通に毎日することだから、特別感がないわね。マスクはどうせ花粉症でするし。」

母は花粉症だ。


「マスクはないわよ」と、さらに母は言った。
母は、毎日、近所のおばちゃん達と、マスクを買いに、ドラッグストアに並んでいるらしい。
待ち時間に、おしゃべりして、それなりに楽しそうだ。
マスクがない事態を、すっかりイベント化している。
母は、このような話題のイベントには参加する人だ。

まるで、人気アーチストのライブチケットが入手できたできないの話のように、母はマスクを語る。


そして2人は、しかしなぜと首を傾げた。

「通勤の満員電車は続いているのに、なぜ蔓延しないのだろう?」

それが不思議よ、と、2人は首を傾げた。
満員電車のまの字も言わないわよ。

「電車は黙ってるからじゃない?」と私は言った。
でも密着してるじゃない、と、母は言った。

不思議だね、と私は言った。


水、電気、火は使える。
随分ましね、大したことはないわね、と、母はもう一度言った。