ぶどうの木のはなし(2)

こういうのが面白いなあと思うのだけど、私がぶどうの話を書き始めたその日、ようするに昨日の礼拝の後。

おっちゃんUさんと、私が一番歳が近い妹みたい、もしくは弟の奥さんみたいなかわいいRちゃんが、私の隣で何か話をしていた。
2人は「ぶどうの木は接木(つぎき)だ」という話をしていた。
野生のぶどうは違うけど、ぶどう畑のぶどうは接木。
Rちゃんは、「この辺は植木やさんが多いから、接木の話は面白いよ」と、おっちゃんUさんに言った。


それを聞いて私は、今日は、ぶどうの木の話をブログに書いたんだと言った。
そして、そのあと、おう......黙っときゃよかったと、少し後悔した。

その場にいた人で、ブログというものを理解していたのはRちゃんだけだったからだ。
私はSNS、ブログ、ホームページについて説明し、そして、ブログは私個人のもの、私の日記と説明した。


「みなさんも出てきますよ」と私は言った。
あらまあ、と、みなは笑った。

そしてともかく、私が好き勝手に書いていることがばれた(笑)

まあよい、ダイナミックな間違いを書いたら、誰かに「それは違う」と修正してもらえることだろう。
間違いますからね、確実に。
特に聖書解釈ね。
自由に解釈していいとこと、そうしちゃいけない大事な箇所があり、私には見分けがつかないので。

これで間違うのを気にせず、ますます、好きに書いてよくなった!
別に誰も怒りませんから。
ただ、説明してくれる。

そしたら、修正記事を書くから、そしたら、またネタが増えますね!
いえ〜い。


これも、ジーザスの思し召し。
ブログに見張りをつけてきた!(笑)
手伝ってもらえと!


同時に、おっちゃんUさんが、「あんたが好きに書いたことで、なんかあったら、僕がな、あんたはこの子の何を知ってるんですか?と凄みにいってやるからな」と言った。


いや、誰も何も言わないし(笑)

人を裁くな、石を投げる前によく考えろだしとは思ったが、私は、「サングラスもかけてくれる?」と聞いた。

おっちゃんUさんは、ハゲてるから、サングラスをかけたら、多分、それなりに怖く見える。

ジーザス、私に守りもつけてきた!(笑)

よほど、いろいろ言い訳をつけてさぼるなよ、ちゃんと書けよ、なのだろう。


私がこの先、宿題をこなすにあたり、言い訳に使いそうなことを、先に全部潰された。
怖いとか、間違ったら大変だ、とか、私が言い訳に使いそうなことばかりだ。


ジーザスは、先回りする。
こなしやすいように、気持ちの負担を下げに下げてくれる。
クリスチャンに修行はないし、精神成長は、私の願いには入ってませんからね。


私が弱っちいままで、続けられるようにしてくれる。

(私の精神性と黄色いバスには相関関係がないからね。でも、書かないと、黄色いバスがね。)


それで。

「今日はね、ぶどうの木の話を書いてね。この後、前に礼拝で描いたぶどうの木の絵の話を書くんです」と私が言うと、おっちゃんUさんが嫌な顔をした。

それでその日、Uさんが、私に言ったことを思い出し、ふっ、にやりと私は笑った。


ぶどうの木。

これは、自分と神さまの関係を表すイメージとして、多くのクリスチャンの中では働いている(はず、多分ね〜。)

聖書の中で、ぶどう畑や、ぶどうの木のメタファーは、しょっちゅう登場する。
新約聖書の舞台は、赤ワインがたくさんある土地のようなので、ぶどうはポピュラーな植物だったんでしょうね。

他にも実がなる木は登場するが、ぶどうというところが、むっちゃポイントな木が、私はしている。
桃とりんご、みかん、いちじくとぶどうは違う。
全部、美味しいけど。


ともかく、誰にでもわかる理解しやすい例えとして、ジーザスは、ぶどうを選んだのだろう。

きっと想像もしなかったに違いない。
ジーザスは、目の前にいた人たちに一番わかりやすい言葉を選んだのだろうから。


やがて、ジーザスの言葉が世界中に広がり、時代を超え、ぶどうのことも、ぶどうの木も見たことがない人たちが、彼の例えを心に刻む日がやってくるとは。

あ〜、別の例えもあるんやでと、ジーザスが言うか言わないかは、知らない。
ジーザスは優しいから、もし今いたら、日本人には日本人にわかりやすい例えでお話してくれそうな気もするけど。
それか、ぶどう農園ツアーを組むかもなあ。

「ジーザスと語る秋。ぶどう狩りツアー。」
「聖書と触れ合う午後。ぶどう狩りツアー(ぶどう一房お土産付き)」

あったら、私、行きますけどね。



まあ、おいといて。


見たことがないものを、人がイメージする時は、人は自分が知っているものの中で、こうじゃないかなというものを寄せ集めてイメージを作る。
ようするに、メタファーを作る。

ぶどうの木を見たことがない人が、ぶどうの木をイメージするときは、自分が知っている実がなる木がメタファーになりやすい。

メタファー、つまり、心の中のイメージが人に与える影響は、ものすごいものがございます。


ちなみに、大阪に住んでいる人は、大阪ステーションシティの屋上にいけば、ぶどうの木を見ることができる。
屋上に誰でも入れる小さな農園があり、そこで、ぶどうを育てている。

夏場は、ぶどうの木が優しい日陰を作ってくれる。

ちょっと階段を上らなくちゃいけないけど、景色もいいし、静かだし、私は割と好きな場所だ。


続く。
次はぶどうの木の絵のはなし。