新しいやり方を試す

新しいやり方を見つけよう。試そう。


私は、ようやく、そう思った。
そして、ああ、私の傷は、今、根治したと思った。
私は、今、本当に癒された。
私は、今、自分の人生を、起きたことを、本当に受容した。
目が完全に今と未来を向いた。


そう思った。


音楽から始まった話は、音楽で終わる。
音楽で傷ついた心はまた、音楽で気づいた。

ピアノは、私にとっては特別な楽器だ。
喜びや、言葉にならないやるせなさや、苛立ち、腹立ち、悲しみを全て受けとめてくれた。

そして、挫折と絶望を教えた。
好きなものを奪われること。
そして、自分の軸に自分以外を置いた時に起きることを、私に見せた。
アイデンティティの崩壊だ。
今のところ、あれが人生最大の危機だ。


そして、今、傷を完全に癒し、希望を見せてくれた。


私がガガ様の弾き語り動画を観て、自分も弾きたいと思ったのには理由がある。
ガガ様がカッコ良かった他にもう一つ。

私は、このやり方なら自分の左腕でもできると思ったのだ。

ガガ様は、鍵盤をほとんど押さえていなかった。
彼女はピアノもうまいが、その時は、シンプルなコードを、時折抑えているだけで、あとは、手は宙で動いていた。



今朝、起きると、左肩がしびれていた。
これを無視すると、全く弾けなくなる。

私は、はじめて、ああ、もう戻れないんだと本当に思った。
練習さえすれば戻れるのではない。
ハノンを一時間弾いたら、私の腕はしびれてしまう。


私は諦めはしたが、がっかりはしなかった。
諦めることと意気消沈することは同じじゃない。


ハノンは15分までと決めた。

そして。

新しいやり方を試そう。

そう、私は思った。


新しいやり方を試そうと思うまでに、ただそうすればいいということに気づくまでに、20年かかった。
本当に傷を手放そうと思うまでに、それくらいかかった。
私は傷を抱えながら生きてきた。
それでも幸せだったけれど。



左手を補う音は声にすればいいと、すでに私は知っていた。
気づく順番は大事だ。
おそらくこれは、自分で選べる。
その人が求めることにより、気づく順番は変わってくるのではないかと思う。

求めるものは、本当に人生を作る。
求めるものが、与えられる。

もし、私が、探したり救われたりするのが好きな人だったら、新しいやり方が先に来て、それから私は模索をはじめ、そしてガガ様にたどり着いて、救われた気持ちになったと思う。

私は、探すのはめんどくさいし、いまや救いを求めていない。
だから、救われた気持ちにはならない、ただそれだけだと思う。
私の人生に感動がかけるのは、この辺りが理由かと思われる。
自分は面白い!と笑っていたい。
私はどちらかといえば、感動は、するよりさせる側でいたい。
探すより、探す人を手助けしたい。
自分は探すより見つけて手に入れたい。
救われるより、サポートする側でいたい。
自分は救われていると気づいていたい。
その方が、私は、幸せだ。


レディー・ガガも歌っている。
Born this way.



さて。
声のハノンが必要だ、と、私は思った。
新しいやり方には、声のクオリティをもう少し上げる必要がある。
左手を最小限しか動かさないなら、隙間を埋める音に力がいる。


もう嘘みたいなので、信じてくれなくてもいいのだが、昨日、私のところには、声のハノン的な講座のご案内が届いていた。


必要なものは、探す必要がない。
必要だからだ。


新しいやり方を試そう。
そこに調和が生まれるまで。


そしてもう一つあった。
私には、ベースが弾ける友達がいる。

だから、私は、コードの違う押さえ方を覚えなくてはいけない。
リズムは友達が刻んでくれるから。

必要な友は、そこに必ずいる。