タイトルなし。

キリスト教が世界に一番貢献したのは何だと思いますか?と、あるクリスチャンの人から聞かれたことがある。

2人は声を合わせて「音楽!」と言った。
西洋音階の始まりは、グレゴリオ聖歌だ。

それから私は「アート全般!」と付け足した。
映画も、絵画も、小説も、実にたくさんの物語を生み出している。
聖書が土台のものは、すごく多い。


ところで、私は、黙示録がホラーで好きじゃない。
スティーブン・キングよりおどろおどろしい。

なんで入れたんや?と謎だ。(実際、外されそうになったこともあったらしい)

ちなみに、私が、謎だと思うことは、調べてみると、だいたい前に誰か謎だと思っていて、だいたいインターネットのどこかに、それを調べてくれた誰かが詳しく書いてくれている。
ほとんど全部英語だけど。
読めてよかった!ありがとう、クリーンランゲージ!(のおかげで、私は英語を勉強し続けてるから。)

黙示録は、私は好きじゃないが、あれがあったおかげで、ハリウッドの大ヒット映画も生まれて、面白いドラマもたくさん生まれて、そちらは私も好きなので、あってくれたことはよかった。
私は、海外ドラマのサバサバした感じが好きだ。

聖書を読んでから見ると、ドラマはだいぶ面白い。
笑える箇所が増える。


というわけで、聖書は、芸術にインスピレーションを与え続けてきた。
宗教っちゃ、そんなもんだろう。

神さまは見えないから、そこに関わろうとするなら、本人のイマジネーション力や感覚は自ずと鍛えられる。と、思うわね。


それは、なんとなくわかる気がする。
宿題をやり出してから、ブログを書くのがさらに簡単だからだ。
(毎日、ジーザスとか聖書とかの話を書いてるのは理由がある。知りたい方は遡ってください。)

いくらでも話が浮かぶ。

私はもともと書くのは早いが、一時間くらいの間にスマホで五、六本くらい書ける。
書いてる間に次が浮かび、書き終わるとすぐ次を書く。

その中から選んだものをひとつ、ふたつアップしている。
さすがに、これは過去に記憶にない。

いくらでも、するする書ける。
なんじゃ、こりゃ?
自由な発想がものすごくしやすくなった。


そして同時に、人の反応が全く気にならなくなった。
私のブログ上、かつてないマニアックな非日常な話題であるにも関わらず。

今までで一番、誰の顔色も気にしていない気がする。
楽だ。

ただ、自分が書きたいことを書く。
というか、あんまり頭で考えていない。
感情が一切動かない。

頭の中が、過去に記憶にないくらい、すごく自由だ。
日に日に自由になっていく。


そして、ある日突然、曲が浮かんで、作詞作曲まで始めた日には。

もう訳がわからない。

不思議だ。

そして、私のそばには、それを一緒に形にしてくれる人がすでに配置されている。
そばにプロがいる。
その曲を歌うために、声から見直しするが、それも段取りできている。


ともかく、インスピレーションに満ちている。
それから、そこに関わることに、何の邪魔も入らない。

だいたい、一番邪魔なのは、自分の感情だが、これが一切邪魔しない。

不思議だ。


すごいと思う。