ニュースはSNS?

以前から、私は、災害やひどい事件の報道が嫌いだ。

ここにも、災害の報道が嫌いだと何回か書いている。


何が嫌いかというと、人へインタビューして感想を聞いたり、一番派手な場面を報道したりするのが嫌いだ。

災害や事件は、エンターテイメントじゃないと思うからだ。

淡々と事実だけで十分で、感情を盛り上げていただく必要がないと感じている。


最近は、流行病のニュースを読むと、SNSかブログですか?と思うことが多い。

知りたいのはそれじゃねえと、よく思う。


それで、私が見たいのは何かな?と考えた。


例えば、国会でその日一日話し合われたことのダイジェスト。

特別なものだけを取り上げるんじゃなく、話された法案は全部上げて欲しい。

やばいのは、だいたい報道しない。

ひっそりと決まっていく。


コメンテーターの意見はいらない。

批評家の意見ばかりになるから、SNSみたいなことになる。

ニュースについては、自分の頭で考える。

考えられると思うよ、誰でも。。。


SNSのなかった時代には、それらは価値があったかもしれないが、今はSNSがある。

あんまり付加価値ないんだよなと、私個人は思う。

むしろ、私にとっては、考える邪魔になる。


国会に関しては、ちゃんと議事録が見れるサイトはあって、隠してないから調べりゃわかるようになってるのだが、暇人でなきゃ、追いきれない。



災害や事件に関しては、多くの人から必要とするサポートがあるのかないのか、あるならばそれは何なのかを、現場に行ったなら探してきて欲しい。

近所の人の感想も、気の毒な話も、感動的な話もいらない。

個人の人生は、SNSやブログで十分だ。


流行病に関しても同じだ。

個人についての情報は、年齢くらいまでで、他は、本人が公表するのでなければ一切いらないと、私は思う。

何の参考にもならない。


それよりは、病院の混雑具合や、薬の進展具合や、気をつけた方がいい場所や、研究でわかってきたことや、そういうことをもっと報道してほしい。

少なくとも、報道社を名乗るところくらいは、そうあって欲しいと思う。


街の人の声は知っているから、わざわざ、報道してくれる必要がない。

この話は、他とは違う。

なぜならば、流行病に関してだけは、国民全員が関係者だからだ。

自分や周囲の声が街の声だ。

インターネットでは、SNSが、その役割は果たしている。



いずれのニュースにしても、怖いを煽るのはやめてくれと思う。


ある程度は、行動抑止力があるのだろうが、少しはそれが働いた方がいい人にはその力は働かず、もともと気をつける人が怖がってるだけということに、ぼちぼち気がついてほしいと思う。


はっきり書いたら終わりじゃないか、と、時々思う。


高齢者と持病がある人は、外出をなるべく控えて、若い人との接触を避けてください。

協力してください。

なぜならば、経済を潰せない。

年金の財源は、現在、働く人々だから。



若い人は、遊ぶのを少し控えてください。

なぜならば、あなた方はまだ、社会を支えるだけの力がなく、あなた方が感染を広げることで、社会を支える層がダメージをくらう可能性がある。

そうなった時、一番酷い目にあうのは、先が長いあなた方だ。

高齢者ではない。

高齢者は、寿命が終わる理由が流行病になるだけだ。

病院は一時的に酷いことになっても、流行病が終われば、やがては回復する。

あなた方は違う。

人生そのものが、大ダメージをくらう可能性がある。

働き先が得られない、失業する可能性が一番高いのは、あなた方だ。(休んでも会社が困らないのは、あなた方がまだ一人前の戦力ではないからだ。)



SNSみたいなことをして怖がらせるより、事実を伝えて、協力しましょうというムードを作る方が賢いような気が、私は、最近すごくする。