ある夫婦のはなし

私の友人に一風変わった夫婦がいる。
私は夫婦共との友人だが、妻の方と付き合いが長い。

結婚前、彼女は、「あんな不自由なもんはしたくない。」と、よく言っていた。
ところがある時から、考えが変わったようだった。
彼女は言い始めた。

「100万人を救うのと、1人を救うのは同じことでしょ。
私、自分にしか救えない1人を救うことに興味が出てきたわ。」


それはどうやら、彼女が信頼する人からの受け売りらしかったが、彼女はその考えがいたく気に入ったようだった。
常日頃、人を幸せにしたいと口にしている彼女に、「それならあなたどうして結婚しないのだ。」と詰め寄った人がいたらしい。

「この世には、あなたが確実に救える人が2人いる。
ひとりは自分自身。
もうひとりは、あなたを愛するあなたでなければ救えない誰か。
救える確率が高いところをやらないのはもったいないでしょう?」

その人はそう言ったのだという。


友人は、「適齢期というものになってから、いろんな人にいろんなことを言われたけど、あれが一番心が動いた。」、と言った。
「どうしても、私でなければ救えない、そんな人がもしもいるのなら、それは救うべきよね。」
彼女はそう言った。
彼女自身は、もう十分幸せなそうだった。

しかしその頃、彼女には特定の付き合っている人がいなかったので、私は、まず彼氏でしょと言った。

まあね〜、と彼女は笑った。


しばらくして、彼女は言った。
「見つけた。私じゃなきゃダメだという物件を。」と。

彼女は少々、口が悪い。
物件って・・・。

彼女は言った。
「なんかね、その人、仕事する意味がわからなくなっちゃったんだって。
いい感じに悩んでるの。
私、自分に人が救えるかどうか彼で実験することにしたわ。」


まじか?!と私は思ったが、ほどなく2人は結婚した。
出会いからそこまで、むちゃくちゃ早かった。


私は、彼女は何をやるつもりだろうと興味を持って眺めていたが、しばらくして、彼女に会った時、彼女の話を聞いて私は笑った。
彼女の彼を救う計画は、あまりにも彼女にとって美味しい話だったからだ。
そんな都合のいい話で人が救えるのかと、疑問になるくらい。

彼女は、自分ひとり食べていくくらいは普通に稼げる人でまた自分で食べてきていたが、結婚してすぐ夫に言ったのだそうだ。

「私があなたの生きる意味、働く意味になる。だから、私を養って。」


で、どうなったの?殴られなかった?と私は聞いた。

彼女は笑った。
「彼は、すごく嬉しそうだったよ。
私だったら、ああ、めんどくさいって思うけど、多分、なんか私とは頭の作りが違うのよ。

思い出したの。
私の母が、小さな頃言っていたことを。

あなたのお洋服も、あなたのオルガンも、みんなお父さんが買ってくれたのよ。
お父さんはすごいのよ。
だから、お父さんにありがとうって言おうね。

でね、お父さんにありがとうって言うと、父はすごく嬉しそうだったの。
よし、がんばるぞって言っていたのよ。」


彼女は続けた。

「誰かから認められる、これって承認欲求を満たすでしょ?
誰かから感謝される。
これって人を幸せな気分にするでしょ。
彼はね、人から、感謝される仕事がしたいってよく言うのよ。
だからね、私が、感謝される仕事を作ってあげるの。
すごくいい考えだと思わない?
私は自分の稼ぎは自由に使えるの。
だって、私が生活費を出しちゃったら、彼に感謝できないでしょ?」


へ理屈・・・と私は笑った。
しかし、どうやら、彼女のへ理屈は、彼を幸せにしたようだった。


そして最近。
彼は最近どうしてるの?と尋ねた私に彼女は言った。

「なんか楽しそうに働いてるよ。
なんか、私との結婚は社会貢献の慈善事業なんだって。」


私はゲラゲラ笑った。
お互いにそう思ってるわけね。

彼女は、「そうらしいわ。」とケラケラ笑った。
そして、「だから実験はもうやめた。」と言った。

「私でなければ救えないたったひとりは救えたから、次は100万人を救ってみたい。」

そう彼女は言った。


彼女が何をするつもりかは知らない。
恐ろしいので聞かなかった(笑)