父との会話

 Y、ここに座りなさい」と父が言った。

それは、中学二年か三年の時だった。


学校はさぼり倒しているのに、夕方には友達と遊びに行き、母とは一か月口を聞かず、切れた父が私の顔を殴り、母が「顔はやめて!女の子なんだから!」と父をはがいじめにして止め、父が「そんなに家がいやなら出て行け!」と10万円を私になげつけた日からしばらくの後。


顔はやめて!ってなんだ。

そして、家出資金をくれる親。

(私は、10万では足りないとすごすごと部屋に戻った。反抗期の私も、ドライな現実派である。)



ともあれ、父に呼ばれて、私は父の前にあぐらを書いて座った。

我が家では、正座は膝が曲がり足の形が悪くなると、小さな時から禁止されていた。


(母は徹底的に、人は見た目派。女性たるもの美しくいるのは義務と言われ続けて、私は育った。)


その日、父はにこやかだった。

父の隣には、憮然とした表情の母が座っていた。

二人は今の私より、ずっと若い。


父は、畳に一本、線を書いた。

そして、線の右側の線ギリギリのところを指差して言った。


「お前、今、ここ。」


そして、それから、線を指差して言った。


「この線をまたぐと、戻れない。」


私は黙っていた。


「日本社会はな、女性に厳しい。男性がいくら若い時、悪さをしても、大人になって少しがんばれば、若い頃の悪さは許される傾向がある。女性に対しては、そうじゃない。」


男女差別の話?と、私は尋ねた。


「違う。お前はギリギリという話だ。常識は場所によって違う。お前が暮らす国の常識を、お父さんはしている。」


うん、と、私は言った。


父は続けた。

「たとえばな、アメリカでは、大学に入るのに寮に入る子供に、コンドームを渡して、妊娠しないようにしなさいと言う。」


母が、思い切り、顔をしかめたのが見えた。


父は続けた。


「日本では、セックスをしてはいけないという。」


母が、「ちょっと」と言った。


私は、このおっさんは、何を言っているのだろう?と思った。


父は言った。

「常識は場所によって違う。どちらが正しいとか言う話ではない。お前の友達の家に門限がなかろうと、我が家の門限は、夜9時。9時以降は、お前を一歩も外には出さん。それが、我が家の常識だ。」



門限は9時、夜遊び禁止を娘に言うために、常識の概念から説明をはじめる、それが、私の父。