パンチ遺伝子

子供の頃にもいたし、今もいる人々。
それらの人は、日本全国にいるわけでも、関西全域にいるわけではなく、とある一部地域に主にいる。

年代はいつでも五十代後半から六十代。
七十代の人は見ない。

パンチパーマにヒョウ柄の服を着た人々、主張の強いファッションの女性達である。


ある日、私は不思議に思った。

あの人達は、なぜいつも、同じ年代なのだろうと。
四十代のヒョウ柄パンチパーマはまず見ない。
七十代の人もまず見ない。

子供の頃に見た人々は、とっくにあの世に旅立たれているはずだ。
またはものすごく誰が見てもおばあさんに見えるおばあさんなはずだが、ものすごくおばあさんなヒョウ柄パンチパーマの女性は見かけない。


するとこうか、とある仮説が浮かんだ。

それまで普通のファッションをしていた人が、五十代後半か六十代にさしかかったある日、突然、ヒョウ柄パンチパーマになる。
そして、七十代になればそれを止める。


なぜだ。
その直前に何が起きる?と、また疑問が浮かんだ。

昨今は、なんでも遺伝子のせいにできる。
または行動は棚上げして思考のせいにもできるが、この場合はすでに行動しちゃってるから、これは遺伝子のせいに違いないということにした。

そしてこれは、五十代後半か六十代に突然アクティベイトされる、ヒョウ柄パンチパーマになりたくなる遺伝子の関係に違いないと思った。


すると、私の中に恐れが浮かんだ。
気づきは時に恐れを生む。
気づきが生むのは希望だけではない。
気づかない方が幸せなことも、世の中にはある。
なぜなら、人には感情があるからだ。

私は恐れを抱いた。

もしも、、、自分の中に、ヒョウ柄パンチパーマ遺伝子が含まれていたらどうしよう!?
ある日突然その日が来るまで、それが自分の中にあるかどうかはわからないのだ。

それは恐怖以外の何物でもなかった。
えらいことに気づいてしまったと私は後悔した。

そうなった時、ヒョウ柄パンチパーマはステキなものに自分には見えているはず。
拉致されて無理やり着せられたのでもなければ、ステキと思わずに、あの主張の強いファッションは不可能である。
自分が気に入っているなら、まあ、問題ないといえばないのだが、しかし、それは恐怖だった。

おしゃれじゃない!

いや、おしゃれなのだ、しかし、おしゃれじゃない。


私はこの恐れを何人かの友人に話した。

話した人は、皆一様に、ヒョウ柄パンチパーマ遺伝子に恐ろしいと怯えた。

そして、互いに約束しあった。

パンチパーマはお互いに止めよう。
パンチパーマはだめだ。


不思議なことに、ヒョウ柄については、誰も止めてくれとは言わなかった。
顔がついてるやつね!と嬉しそうに言ったツワモノもいる。
多分、そのうち着ている。
テイストは様々だが、アニマル柄は神戸や芦屋のマダムすら使用する。
それが関西というものである。

日本で一番、ヒョウ柄の服が売れているのは埼玉らしいけど。
ところで、埼玉にはパンチパーマの人はいるのだろうか?


年を取ることは不安なことである。
あるかもしれないヒョウ柄パンチパーマ遺伝子がいつ目覚めるかわからないのだから。

まあ、多分、年齢的に更年期で男性ホルモンの関係だろうとちょっと思ったけど、遺伝子の方が面白いのでそうしとこう。


*この日記はフィクションです。