時間*時間差

続き。

こちらは、クリーンランゲージのセッションの中で。
以前から、興味深いなと感じていたことがあった。


何か達成したいことがセッションの中で登場した時に使う質問がいくつかあるのだが、その中に、先程書いたのと似たような質問がある。
その何かを達成するための必要条件を確認する質問だ。

コーチングよりの質問なので、扱うテーマやクライアントの状態によっては使わない。
「その〇〇のために、あなたができることは何か?」という質問だ。
そして、いつからそれをするかを確認する。


その時に、クライアントから返ってくる答えの半分以上が、「すでにしている」「すでに始めている」であることが興味深いと、私はしばらく思っていた。

そのクライアントがしていたり、始めていたりすることは、クライアントの達成したいことと直接関係がないように見えるものがほとんどで、クライアント自身も、その達成したいことのためにそれをしていない。

ただ、「したい」「やりたい」と感じたから、欲求にしたがってそれをしている。
それは習い事とか、小さな習慣とかで、その人の未来ではなく、その人の今を満たすために、それらは深くは考えずに行われていた。


クライアントは、質問により、そこで初めて、思考の中で自分の行動と目的の紐付けをし、自分はすでに達成したい目的のための行動を始めていることを確認したわけだが、ここでも興味深いことがひとつあった。

それは、クライアントが、あ!気づいた!というような状態にはならないことだった。
どのクライアントも、ああ、もうやってる、と非常に淡々としているのだ。
なんら感動はない。

その行動は、願いを叶える、非常に大きな意味を持つ行動だと確認したのにも関わらず。
たしかに、それらの行動は、感動や忍耐を伴うような行動ではないのだが。
また、ワクワクするような行動でもないことがほとんどだ。

クライアントが達成したい目的自体は、大きなものも小さなものもある。
けして少額ではないお金をかけたサポートを利用して達成したいことなわけだから、それらは規模の大小に関わらず、クライアントにとって大事なことだ。

それを叶えるために、自分ができることをちゃんと自分はしている、つまり、願いは叶う方向であるということが、その時確認できたわけだから、ああ!となりそうなものだが、それはそうはならない。

また、すでに苦なく行われているわけだから、私は励ます必要すらない。
ただ、それは大事な行動ですよとクライアントによくわかるように、しつこく、クライアントが言った言葉を繰り返すくらいのものだ。

それくらい、大したことはない行動のことが多い。


で、時間。

この場合、意識が、それをしようとある行動を始めるのと、それが望みを叶える行動だと認識する間に、時間差が存在している。

すでに達成されている(始まっている)別の〇〇したいという達成されても大した感動を伴わない欲求が、もっと大きな望みとつながっていると、質問されるまでクライアントは認識していない。

しかし、認識しても、なんら感動しないところを見ると、クライアントは知っていたのだ。
言語化はできていなかったけれど、そのすでに行われている行動が、もっと大きなものとつながっていることを。

だから、驚かないし、感動もしない。
淡々としている。
知っていた当たり前のことをただ言語化して、話しているだけだから。

しかし、言語化されるまで意識上で、行動と願いは紐付けはされてはいなかった。
どう見ても、関係なさそうな行動ばかりだから。


で。

日々、今、感じる〇〇したいという欲求を満たしていく先に、未来はある、と思ったのだった。

もし言語化されていない大きな願いが存在するのだとしても、必ずしも、それを認識していなくてもそこに願いが存在するなら、人は、今できる、今叶えられる小さな欲求や願いとして、それを認識しているはず、、、。

クライアントを見ている限り。


ということは。
思い通りの人生は、実は、とても簡単に作れるのかもしれない。

社会背景が平和な場合だが。
時代と社会に巻き込まれているときは、別。
大きな渦は個人を吹き飛ばす。


毎日、その日、したいこと、やるべきことをしていくだけでいい。
もっというなら、今、この瞬間。

トイレに行きたい、
あ、この書類のここを訂正しよう、
あ、この週末はあれをしよう、
お昼ごはんはカレーを食べよう、
そうだ、〇〇さんに連絡しよう、

そんな小さな、〇〇しよう、はもしかすると、思ってもみない大きなことにつながっているのかもしれない。


今は、未来で、今は過去なのだから。