お湯の恨み
結婚前、私は実家から自転車で15分ほどのところに仕事場を兼ねた一軒家を借りて住んでいた。
家賃は10万ほど。
当初、仕事場だけに使うつもりで、実家から通うつもりだった。
私が実家のそばに戻ったのは、父の体調不良が理由だったし、食事、洗濯を自分でない誰かがしてくれる楽さは魅力に思えた。
私のうさぎも実家にいた。
ある日、夜11時すぎに仕事が終わり、自転車で実家に帰る途中、ふと、今日はご飯がないかもしれないという予感に襲われた。
それで私は帰り道のコンビニで、即席麺を買い、家路についた。
家に帰ると台所から両親の声がした。
よくある感じの険悪な雰囲気が玄関まで漂っていた。
台所を通らねば、二階にある自分の部屋には行けない。
恐る恐る台所へ行くと、両親がガスコンロの前に座りこんで話していた。
よりにもよって、ガスコンロ。
私はお湯が必要である。
父は私をちらっと見て、二階へ行け、とジェスチャーをした。
よく見れば、母の手には外出用のポシェットが握られていた。
出て行こうとするのを止めたのだろう。
私は、お湯、と思いながら二階へ上がり、2人の気配に耳を澄ませた。
すでに時は11時を過ぎている、そのうち2人も寝るだろう。
自分の勘はたいしたものだ、やはりご飯はなかった、と思いながら。
勘が当たって、少し、得意な気分ですらあった。
しかし、私の予想に反して、2人はなかなか眠る気配はない。
動く気配もない。
私はいらいらした。
ガスコンロの前から離れて、別の部屋でやってくれ。
お湯がいる、と。
ついに根負けして、私は空腹のまま眠った。
翌日、昨夜の理由を母から聞いた。
あのおおごとの理由は、父が母に晩御飯が遅いと言った一言が原因だった。
晩御飯!だから台所!
せめて他の場所ならよかったのに。
私には、お湯の恨みだけだった。
一言から大事に発展することは、別に珍しいことではない。
母のコンディションが悪かったのと、父が判断を間違えたのだろう。
私は決めた。
借りている家で暮らそう。
一日中働いてそんなことでご飯がないなんて、私がかわいそうすぎると。
そして、私は、再び家を出た。
実家に戻ってから二週間目のことだった。
そして、自分の直感もまだまだだと思った。
晩御飯がないまではいけていた、お湯もないとはわからなかった、と。
ちなみに、私は、両親の仲を心配することは一切しないと決めている。
2人はやりたいようにやっている。
娘に気を使って隠す必要はない。
私はもう大人だ。
お湯だけね。。。