罪を原料に笑いのエネルギーを生む火力発電所
午前中の仕事が終わり、少し空き時間。
留守番させると帰ってきた後一時間くらい、にゃあんにゃあんとまとわりつく猫1匹の相手をしながら、記録。
変化の流れは一度はじまると、連続性を持つ。
今、起きていることは、メタファーが絡むから余計だ。
メタファーは、一度動き始めると変化し続ける。
本人が意識化しようがするまいが。
現実と絡みあいながら、メタファーは、ものがたりを紡ぐ。
意識と潜在意識は相互作用しながら、現実の行動を生み、行動がまた、意識と潜在意識に作用する。
動かない人の変化が遅いのは、この現実の行動から意識と潜在意識に向かうベクトルの作用が使えないからだ。
さらに、リソースはリアルな体験の中から新しく生まれることも多いけれど、そのリソースが拾いにくい。
私が、自分のセッションのクライアントさんに、動けと話すのはそのためだ。
セッションは、動くための準備の打ち合わせみたいなもんだ。
動かぬことには、話は進まないのだ。
現実はね。
さて。
朝、自転車に乗っていたら、「あなたが笑えば、世界は変わる」というお菓子メーカーの看板が目に留まった。
見慣れた看板が、なぜか、心にしみた。
そのあと、人とケラケラ笑いながら、笑えない話を笑い飛ばした。
そして一時間後、私は、またその看板のところを自転車で通った。
私は、わかった!と思った。
火力発電所のエネルギーは、何のためのエネルギーなのか。
ジーザスは、私に何を伝えているのか。
わかった!
笑い飛ばせ、何もかも。
罪を笑い飛ばせ。
闇を笑い飛ばせ。
そのための火力発電所だ、と。
笑いなさい、だ。
罪を焼いて、笑いのエネルギーを生む火力発電所。
原料には困らない。
罪と闇が枯渇することは、人類が存続する限り、絶対にない。
なに漫才のはなし?と私は思った。
漫才はまさに、闇や罪があればあるほど面白い。
まともな話は漫才にはならない。
そんな漫才はつまらん。
それから私は、あ、この話はもっと前から始まっていると気がついた。
そして、それからまじめに考えるのは、以後一切やめようと思った。