膨らむ願い
道に迷い、たまたま見つけた今の家に引っ越して来る前、住んでいた部屋は、目の前に小学校の校舎があった。
それは、夫が生まれた時から住んでいだ部屋で、他の家族は別のところに引っ越した後、夫だけが残って住んでいた。
ようは、夫の実家を譲り受けて、私達は暮らしていた。
我が家の部屋の前は音楽室で、朝から夕方まで、子供たちの歌声やリコーダー、吹奏楽などの奏でるさまざまな音がよく聞こえた。
私は、音は気にならなかった。
春のリコーダーと、吹奏楽のトランペット以外は。
その2つは、激しく音を外すので、耳に残ったが、まあ笑える範囲だった。
私は、そばに緑が見えないのがしんどかった。
大阪の町には緑が少ない。
東京に行くたびに、東京の町はきれいだなと思う。
結婚するまで、自分は、緑がある場所を選んで暮らしてきていた。
緑が欲しいと、私は思った。
うさぎを飼っていたので、うさぎを庭で遊ばせてやりたいとも思った。
うさぎは、そもそも穴うさぎ。
土が掘りたかろうと思ったのだ。
それで、庭が欲しいと夫に言ったら、夫は、僕たちの生活レベルで市内の駅近くに庭は無理だと言った。
夫の仕事の関係で、私達は大阪市内の駅近くからは動けなかった。
緑がない!と、私は文句を言い続けた。
やがて、家のすぐそばに、大層美しい庭を持つ家が建った。
その家は、庭をみなが楽しめるように、外から見えるようにしていた。
もう少し、と、私は思った。
ある日、私は、近所を散歩して道に迷った。
そして、今住む場所に出た。
あれ、この部屋、空いてるんじゃないか?と、私は気づいた。
マンションだが、一階で、庭のある部屋。
部屋の目の前は、木が生えた遊歩道。
私は、翌日、不動産屋に連絡した。
部屋は1週間前に売りに出ていた。
その1週間少し後、部屋は、私達のものになり、1ヵ月後、私はその部屋にいた。
ね、無理じゃなかったでしょう?と、私は夫に言った。
さて。
私は、結婚してすぐ、小さな観葉植物のガジュマルを買った。
直径15センチほどの植木鉢に植わっていて、卓上に置くタイプの小さな小さなガジュマル。
ガジュマルの木には妖精が住むという話があり、私はそのエピソードが好きだった。
そういうわけでガジュマルも一緒に引っ越して来たが、どうも元気がなく、窮屈そうに見えた。
それで、私は、試しに、空いていたプランターに植え替えて、庭に出してみた。
冬は越せないかもしれないと思いながら。
数年後の今、ガジュマルは、3メートル近くなり、私はしょっちゅう剪定をするはめになった。
一度も水をやったことはない。
私は夫に言った。
もっと広い庭が必要。
ガジュマルのために。
窮屈そうだから。
広い空がいる。
夫は、もう無理だとは言わなかった。
その頃、夫は単身赴任になり、今、緑がいっぱいの環境で暮らしている。
そこも都会だが、イベントもやる大きな公園が側にあり、空が広い。
週末は、公園を走ったり、散歩したりして過ごしているようだ。
最近、夫が「僕、もう、ここにずっと住みたい」と言い始めた。
緑が多く、空が広い環境が気にいったのだそうだ。
ね、と、私は言った。
知れば変わるでしょう?
夫は、そうやな、と言った。
私は、もう少しだ、と思った。
経験的に。
欲しいものや願いは、一足飛びにはやってこない。
近づいてますよというお知らせが、先に来る。
それから、自分の願いを、その人自身の願いとして共に願う人が現れる。
次に、小さな願いが叶う。
それから、願いが膨らむ。
そしてまた、近づいてますよというお知らせが来る。
以下、繰り返し。
小さな願いから始めると、うまくいきやすい。