怒りの解明
さて、話を続けよう。
私は気がついた。
他人の尊厳が踏みにじられていると感じる時、私はものすごく反応する。
自分に関しては、あまり気にしない。
そういう目にしばらくあってないというのもある。
他人の方に反応する。
こりゃ、なんじゃ。
理屈ではない強い怒りが胸にわく。
火事みたいに胸が熱くなる。
感情とはなんか違う。
頭が静かだからだ。
他人にそれをぶつけはせず、理性で抑えているので、それを表現はしないけれど。
尊厳を踏みにじる自由もまた存在するからだ。
自由っちゃ、そういうもんだ。
多様であるということは、そういうもんだ。
それとは別に、私は、今日気がついた。
誰か、祈っていますね。
私のために。
そして、祈っているのはクリスチャンの人ね。
なぜかというと、ホーリースピリットが温泉並みに温いからである。
理由はわからないけれど、感謝します。
祈ってくれてありがとう。
誰かが祈ると、からだが温いのである。
自分が祈っても、からだは温いので、変な話だが、お祈りは健康にいいのではないかと、私は思っている。
ともかく、私は、尊厳というものについて、その概念の成立過程を手当たり次第、調べはじめた。
謎は解明しておこう。
怒りはからだに悪いんで。