勇気*リソースの替えっこ

私は気が強いと言われるが、自分では、自分が気が強いとはあまり感じない。
なぜならば、私の周りはもっと気が強いからだ。
自分では気がついてない人もいるようだが、相当気が強い。
さまざまなタイプの女王様たちが私の友人だ。
時折、自分と似たヘナチョコタイプの人がいるが、稀である。
だいたいが、何を根拠にそんなに気が強い?と言いたくなる気の強さだ。
実にはっきり物を言う。
これは、ヘナチョコタイプすらそうだ。

そして、私は、そうしてくれる方が楽だ。

今は、観察力が低くないので、他人の気持ちがわかるような感じに見えているかもしれないが、私はそもそも、人の気持ちがよくわからなかった人だ。
プライベートでは、自分のことは、はっきり言ってもらう方が楽だ。

そして友人だから、楽な人を残し続けた結果、それぞれ主張がはっきりしてる人ばかりが周りをしめはじめたのは、30半ばを過ぎてからだった。
長い付き合いの友人達も、はっきり主張はする。

人は人、自分は自分がはっきりしている。
我が道を行く人しかいなくなった。
職業はさまざまだ。
専業主婦もいれば、サラリーマンもいれば、自営業者もいる。
既婚未婚どちらもいる。
子供もいたりいなかったりする。


そのような友人達が私に分け続けてくれているものがある。

勇気だ。

私にも勇気がないわけではないが、私はしつこいようだが、割とヘナチョコで、私が思い切った行動を取っているように見える時は、裏で、大丈夫かな〜、、、とビクビクしている私に、大丈夫ちゃう?とどうでもよさそうに言い切ったり、なぜそんなことで悩む?とあほらしそうに聞いてきたり、大丈夫、大丈夫と励ましたりしたり、または、もっと思い切った行動をしてみせて、私のは大したことがない!と、私を安心させたりしている誰かがいる。

その誰かは毎回違う。

全員に共通しているのは、面白がってはいるが、どうでもよさそうで、適当に話を聞いて、私のヘナチョコをあまり相手にしないことだ。
ヘナチョコはヘナチョコのまま、理解できないわ〜と、そのヘナチョコを笑う。

毎回、共感は得られないが、まあ、それでいい。
共感されたらめんどくさい。
ヘナチョコは、そういう類の感情だ。


それらの態度は、どのバリエーションも、今からやろうとしていることは、大したことじゃない、と私を安心させる。

そして、彼女たちは、私に、勇気をわけてくれる。


勇気について、今や、私は自分1人でそれを埋めることを諦めた。
必要ない。
私の勇気を強化する必要はないという結論に至った。

勇気は人から分けてもらう!と、私は決めたのだ。

ありあまる勇気を持つ人たちから。
余っているから、ケチケチしないで分けてくれるそれらの人から。

代わりに、私が分けているものもある。
だからいいの。
それは、私はありあまるほど持っている。


それは。

ねえ、リカちゃん貸してあげるから、バービー貸して?と遊んだ子供時代となんら変わらない。

リソースの替えっこ。

そうすれば、リカちゃんでもバービーでも遊べる。
いちごちゃんやキキララがそこに入れば、より世界は広がる。
世界が広がると混沌とはするが、リカちゃんもバービーもいちごちゃんもキキララも、みな主役で、それぞれ個性を持つ。

私にとって友情の基本はずっと変わらない。
だから、勇気は分けてもらう。
遠慮なく。

私は、私のリカちゃん人形を貸してあげる。