対話、会話、おしゃべり、静寂

しばらく対話が続いている。
おしゃべりというより対話。
会話じゃなくて対話。

一対一の対話を何人かと。
結構真面目な感じ。

それぞれ過去と未来を繋ぐような会話で、これまでがあり、今を確認し、未来を眺めるような対話。
目線が、少し先の時間を眺めはじめている。

そんなわけで、ひとつひとつの対話の密度が濃い。

その中で、そんなとこにこんなものが隠れていたか!というようなものが潜んでいたのを発見したりして、なかなか面白い。

自分がいかに変わったかを、人の口から聞かされてみたりも興味深い。

そして、他人との対話の中で、自分とも対話している感じがする。
これまた濃い感じの。

ヨガに行けば、体と対話。
これは主に、いてててて、、、という対話。
痛みとの対話。
ヨガを通じて学んでいるひとつは、痛みとの付き合い方。
どこまで我慢できて、どこからは我慢できないか。

日々、対話だらけである。


それで、ああ、ちょっとくたびれたと思っていたら、いい感じに、夫が掃除機が欲しいと言いだした。
小さい掃除機。
彼は、家電男だ。

彼の去年の誕生日プレゼントは、掃除機。
今年は、小さい掃除機。

それで、小さい掃除機を選ぶ会話。
これはどうでもいいおしゃべり。
対話じゃない。
会話。

それから、猫がこっちを見て、にゃにゃにゃにゃにゃと鳴いた。
これはおしゃべり。
うちの猫たちはにゃにゃにゃとよく喋る。

私には何を言っているかさっぱりわからないので、ああ、そうなの、と適当に返事をすると、ぷいとどこかに行く。
私が喋るのを真似してるだけで、もしかしたら、向こうも何を言ってるかわからないのかもしれないと、時々思う。
ご挨拶みたいなもんかも。

対話と対話の間に、どうでもいい会話とおしゃべりが混じり、頭を休ませてくれる。


そして、頭の中に静寂が訪れる。