タイミングと時間の長さ

これは書いたか、まだ書いてないか?
書いたかもしれないけど、まあいいか。

思考するタイミング。
思考する時間の長さ。


どのように物を考えるかは、もちろん大事な要素ではあるが、思考はどのように考えるかだけがその要素ではない。

何について考えるかは、もちろん大事な要素ではあるが、それだけでもない。

どんな種類のことを考えているかも、大事な要素だが、それだけではない。


何を、どんな種類を、どのように、は、他人が手伝えるのだけれど、ほかに、他人は手伝えない重要な要素がある。

だから、こちらは、本では情報提供されるが、ワークショップやセミナーでは、情報提供はされにくい。
また、情報提供されても、それは日常の中に存在するので、本当に、その人自身のところがある。

10年くらいセッションを続けてきて、時に、ああ、、、と私が感じることがあったのも、このその人自身の部分の要素だ。


それは、思考するタイミングと、何かについて思考する時間の長さだ。
いつ、考えるか?は、非常に重要な要素だ。
どれくらい考えるか?も非常に重要な要素だ。


いつ、と、どれくらいの長さ、には他人は介入も手助けもできない。
その人自身の頭の中を二十四時間モニターできる人は、その人だけだ。

自分が、今、何について考えているか?
どんな種類のことを考えているか?

毎日、毎日、秒単位で積み重ねられる頭の中の時間の使い方は、子供時代には大した違いを生まないだろうが、大人になってから何十年も時を重ねていく間に、それぞれの人をまるで違う場所に運ぶ。


時間とは不思議だ。