謎と夢
おじいちゃんの人生も謎だったが、その息子の父の人生も、また謎が多い。
77歳になった父は、見た目はもうすっかりおじいちゃんだが、現役サラリーマンだ。
彼は、今年の春で仕事を辞めるはずだった。
去年も本人は、もう辞めるつもりで、会社に伝えたところ、引き留めにあった。
彼が3〜40年前に携わった、ある国の電鉄システムの契約更新がその年あり、当時を知る人が、社内にはもはや彼しかいないという理由だそうだった。
その仕事が落ち着いたら、辞めると彼は言っていたが、それから一年経ち、また、もう一年働くことになったという報告が、母から来た。
別の電鉄システムの仕事が、今年はあるらしく、また引き留められたということだった。
「あの人はいったい何をしたのか?」と、私と妹は、しょっちゅう首を傾げている。
父が十八歳から働き続けている会社は、誰でも知ってる超大手の会社だ。
そんな会社で、おじいちゃん、しかも、高卒の人が、こんなおじいちゃんになるまで働くってある?と。
「若い子はあのおじいちゃんは誰?ってなってるよね」と、毎回、妹はケタケタ笑い、実際、去年ついに、本人もそういう声を耳にしたそうだ。
父は、何万人もいる社員の中で、最年長らしい。
そりゃそうだろう。
もうひとり、父より一つ若い人がいるらしいが、その人がいる理由ははっきりしている。
リニアモーターカーだ。
父は、なんでか、少なくとも家族にはさっぱりわからない。
本人も語らない。
十年前に、父が癌になった時も、会社の人がお見舞いに来て、父に言った。
「死ぬまでいてください。あなたをクビにしたら、僕が怒られる」と、父より随分若い上司は言った。
謎だ。
何をした?
今、おじいちゃんになった父は、外国人もたくさんいる高学歴の人々の中で、「僕はインド人の賢さが好きだ」とかのんきなことを言いながら、まだ働いている。
「自分は高卒だったから、会社に入った時、自分の机もなかった」と父は言っていた。
子供の頃は、父が勉強している姿をよく見た。
「お父さんは大学を出ていないから、大卒と同じ学力があるということを証明するためのテストを受ける必要があるのよ」と、母から聞いた。
1万人いた同期入社の中で、最初の定年だった六十歳の時に会社に残っていたのは、父ひとりだったらしい。
自分の力でサバイバルの中を生き残ったということだけはわかる。
しかし、それにしても謎だ。
父が、「僕はパチンコするために働いてる!」「遊ぶために働いている!」とタンカを切ったところは何度も見た。
同じように、遊びに出かけていくみたいに仕事に出かけていく父も見続けた。
父が仕事にしんどそうに出て行く姿は、見たことがない。
(だから、私は、早く大人になって働くんだと割と小さい頃から思っていた。お仕事とは、楽しいものに違いないと、父の姿に思っていたからだ。)
父には、働くと遊ぶの境目が、あまりないのかもしれない。
しかし謎だ。
だが、同時に、人生は夢があるとも思う。
会社で机すらもらえなかった、お金がなくて大学に行けなかった十八歳の少年が、辞めないでくれと引き留められる七十七歳になる。