うちの子は私に相談しない

何度か母が言ったことがある。
「うちの子たちは、本当に、私に相談してこない。みんな、娘がこう言ってきた、息子がこう言ってきたと、子供からされた相談で悩んでいるけれど、あなた達は本当に、私に悩みを話さないわね。」


それを聞いた私と妹は、陰でヒソヒソ笑った。
しんどい人に、どうやって相談するというのか?と。
妹は言った。
「もし相談したら、お母さんは、私の悩みを自分の悩みにしてしまう。」

悩みは、その人個人に属するもので、あまり快適なものではないけれど、何人たりとも奪うことは許されない。
しかし、たまに、悩みを人から奪い、自分の人生に組み込む人生泥棒とでもいうのか、そういうことはある。

以前の母は、悩み泥棒とでもいうのか、他人の悩みが自分の悩みになってしまい、それでしんどくなってしまって寝込むことまであった。

自分が話したために、母親に寝込まれてはたまらない。
そうでなくても、母はしょっちゅう寝込むのだ。
母がしんどくなかった日など、記憶になかった。
さらに、祖父母の介護に伴う人間関係で、母はズタズタに疲れていた。
娘たちが、悩みを話さなくなったのは、当然の成り行きだった。



そしてある時、2人が大人になった後、また、母は言った。

「あなた達2人は、私に本当に悩みを話さないわね。
それが寂しいこともあったけれど、それでいいのか!って思ったわ。
お母さんは、必ず、あなた達より先に死ぬものね。
あなた達はお友達に相談しているのよね。
いいお友達には恵まれたものね。
お友達は、お母さんが死んだ後も、生きてるわよね。
だから、それでいいのか、よかったなと思ったわ。
よく考えたら、親しか頼る人がいない人は大変よね。」



不思議なもので、母がそう言ったその後、私と妹は、母を頼りはじめたような感じがある。
母もこちらを頼りはじめた。

いわゆる普通の相互依存だ。
普通の人間関係。

(共依存は、病的なニュアンスを含むが
相互依存という言葉は、それは含まない。相互依存を噛み砕いていえば、お互い様。)


母と娘の関係性も、時を重ねて、成熟していくものなのかもしれない。


今はもう、母は、私たちの悩みを奪わない。