何かを感じたその後に何が起きるか?
何か出来事が起きる。
反応する。
この反応は、感情だったり、行動だったり。
その人の物の感じ方や習慣的な要素が大きく関係するところ。
その時のコンディションも。
この反応にも、それぞれ個性はあるけれど、より個性が発揮されるのは、その後。
変えやすいのも、その後。
セッションで、よくあるお話の内容のひとつに、物の感じ方を変えたい、というものがあります。
その自分の物の感じ方を、その人を困らせている時や、その人自身がそれを好きじゃない時。
ポジティブでないのがいやだ、という場合もあります。
怒りをどうにもできないという場合もあります。
ネガティブなのをどうにかしたいという場合もあります。
悲しみ、は、少し種類が違うので、脇によけておきます。
多くの場合、そこには誤解があります。
どういう誤解かというと、感じることそのものが悪いという誤解です。
しかし、よくよく話を聞いてみれば、ほとんどの場合、その人が困っているのは、それを感じたその後に起きることです。
つまり、感じる、と、困る、の間に、何かがあります。
例えば、怒ると皿を投げてしまう、お皿が何枚あっても足りないという人がいたとして。
セッションだと、腹を立てないようにしたいというご相談になることが多いです。
でも、実際のところ、怒っても皿を投げなければお皿は割れないわけで、怒ることはその始まりにすぎません。
怒った後、お皿を投げるまでの間に存在する何かが変われば、お皿を投げずにすみます。
反応のパターンは、感じてから、反応するまでのわずかな時間の間に隠れています。
そのわずかな時間に起きる何かが変われば、感じることを怖がらなくてもすむ場合があります。
そして、そこに新しいパターンを作ります。
怒ってもお皿を投げないというパターンです。
こういうことは、時間がかかると思いこんでおられる場合も多いですが、時間はかからないことも多いです。
今は21世紀だからです。
そして、そこに、ポジティブな人とネガティブな人の差を、私は確認することができません。
人生における快適さを好むか好まないかの差はあるように感じます。
新しい「いつも」を作り出すのは、そう難しくありません。