真夜中童謡クラブ

この三日間、祖母と私は真夜中童謡クラブを開催している。
はじまりは、最初の夜、退屈した祖母が、ベッドの柵をガンガン叩き「誰か歌わんかね!」と叫んだことである。

そして昨夜、祖母はデイサービスに背負っていく緑色のナップザックを背中に背負って、ベッドに腰掛けた状態で、「歌わんのなら帰れ!」と、見えない女の子に怒っていた。

見えない女の子は、父方の祖父の世界にもいた。
どうも、見えない女の子は、各所で活躍しているらしい。

祖父は女の子に優しかったが、祖母は女の子に手厳しい。
幻覚との付き合い方にも個性があるようだ。


さて、そんなわけで、祖母が叫んだので、私は祖母に寄っていった。
「どないしましたか?」と私は尋ねた。

祖母は、「靴がない」と言った。

いろいろ聞き出してみたところ、どうやらここは、どこかの池のほとりらしく、祖母は座って友達を待っているらしかった。

シチュエーションの把握は重要である。
なぜならば、そのシチュエーションにより、私の役が変わるからだ。

昨夜、私はたまたま通りがかりの人ということになった。

そして、祖母と並んで池を眺めながら、祖母の小さな頃の話と、歌を聞いて、知っている歌は一緒に歌った。

小さな祖母は、本当によく働いていた。
「歌を歌わにゃ仕事ができんだった」と祖母は何度も言った。

歌いながらはたを織り、歌いながら縄を編み、歌いながら子守をし。
自分が歌うと、自分の家の近くのおじさんが、見に来たのだと言った。

そして、時折、「あなたはなんて名前かね?」と私に尋ねた。

私が名前を言うと、祖母は、なんとも言えない優しい顔で微笑んだ。
これは毎回そうだった。

祖母の世界から私は消え、大抵の場合、祖母は私を新入りヘルパーだと思っていたけれど、私の名前はまだ、祖母を優しい気持ちにすることができるようで、私はそれがとても嬉しかった。


たまたま通りがかりのYちゃんと言う名前の女の人と、祖母は、楽しく話をしたり歌ったりした。

やがて、私にピンチが訪れた。
眠たくなったのだ。

私はころんと祖母のベッドに横になった。
そして、いかん、これではまたクビになると思った。

私は過去に祖父の見守りバイトに行っていた時、祖父に自分の見守りをさせ昼寝していて、父方の祖母に激怒されたことがある。

いかん、クビに、、、と思いながら、うとうと眠気と戦っていたら、「あんた!」という声が聞こえた気がした。

いまはもういない、もう一人のおばあちゃんの声で。
は!と私は起き上がった。

ああ、危なかったと私は思い、座り直して、再び、真夜中童謡クラブに戻った。

真夜中童謡クラブは、真夜中軍歌クラブになっていて、祖母はいきいきと腕を振って歌っていた。
きっと日本中に、そういう女の子たちがいたのだろう。

やがて夜はさらにふけ、祖母は気がすんで、何どもありがとうと言ってから寝た。
私も、ありがとうと言った。

それから、私がおやすみなさいと言うと、「いまは朝だ」と祖母は言って目を閉じた。

口が減らないばあさんである。