また体を張った男が起こした奇跡

なんかよくわからんが、ミラクル。
人生はミラクルなことがいっぱい。
そして、父は相変わらず、母や家族を守るためなら体を張る。


私の両親は、バイオレンス系だ。
両親の喧嘩の絶えない家で育った2人は、私達が生まれた時にある約束をした。
そして、この約束は、上の娘が20歳になるまで守られた。

その約束は、「子供たちの前では喧嘩をしない」だ。
言い争う両親を見て育った彼らは、自分たちはそうはなるまいと、よく頑張った。

子供時代から、冷戦していり2人が取り繕う姿は時々見たので、喧嘩をしていることはわかった。
しかし、父は仕事で家にあまりいなかったので、その回数は多くなかった。


そして、私が20歳になったその夏。
私達姉妹は、両親の言い争う声をはじめて聞いた。

私たちは、2階の妹の部屋で相談した。
「離婚しそうな気配だが、どちらについていくか?」


翌朝、階段を降りていった私は、ひ!となった。
1階の襖と障子が、一夜にして、ぼろぼろに破れていたからだ。

なんてバイオレンス、と、私はそれについては一切触れなかった。
2階に上がり、妹に「見た?」と尋ねた。
妹は半分あきれた表情で「見た」といった。

姉妹2人がはじめて見た親の喧嘩は、強烈なインパクトを残した。

その後、両親たちは、娘が大人になったと判断したのか、喧嘩を隠さなくなった。
ことごとく、物損が発生し、その物損は現状復帰に費用がかかるものもあったので、エンゲル係数への影響があるのではかいかと推測された。


時は流れ。

父にも老化の波が押し寄せた。
父はもともと明るい人ではあるが、柔らかな朗らかさをたたえ始めた。

そして、少しずつ、変化が生まれはじめている。

それは、同時に、母にも生まれはじめているように見えた。


ある日、母が連絡してきた。
こんなことがあってね。


私は母に言った。
お母さん、もう、喧嘩しちゃいけないよ。
もう、怒っちゃいけないよ。


母は言った。
怒ると脳が萎縮するんですってね。


私は言った。
笑っていればいいのよ。


そうして、母は、本当に、怒らなくなり、両親は喧嘩しなくなった。
そして、2人は、珍妙な日常を楽しみはじめた。
私は、珍妙な出来事を爆笑しながら、母から聞き、完璧なお笑い事件に仕立てあげる手伝いをしている。

私のこの件についてのアウトカムははっきりしている。
笑い話。


怒るのは、怒られた側の脳も萎縮させるが、怒る方の脳も萎縮させる。
誰の脳にもよろしくない。


父は、母を守ろうとしてる、と私は思った。

10年前、父に、お母さんを助けたいなら、おまえがやれや!お母さんは弱くない。
どうして、お母さんの強さを引き出してあげないんだ!と怒鳴ったことを、ふと思い出した。


父は、母の明るさと強さを引き出した。


しかし、ミラクル。
このままいけば、2人が楽しそうに笑い合う姿が、私達姉妹が最後に記憶する両親の姿になるだろう。

奇跡だ。