ブライダルフェア前夜
昨夜ふと、まるで、今は、明日がブライダルフェアのような時と感じた。
私は、新婦ではない。
ブライダルフェアの前の夜、私はだいたい、耳にイヤホンをつけて、ただひたすら音楽を聞いていることが多かった。
BGM音源を選ぶためだ。
ギリギリにならなければ、会場クライアントの意向は固まらなかったので、一晩で聴いて決めていた。
前日の夕方に、イタリアのカフェっぽい曲とか言い出したりするのだから。
私はイタリアには行ったことがない。
こんな感じ?と出したら、「それはフランスだ」と言われた日のことは忘れない。
知らんがなと、私は思ったが、顔は笑顔で、ですよね〜と言って事務所に帰り、文句を言いながら探した。
その時は曲は見つからなかったので、私は仕方なく、がんばりました、そして真夜中になろうとしているのに、まだ頑張っていますという姿勢で乗り切ろうと決め、夜中まで、会場の中にある事務所の中にいた。
そして眠ってしまった。
会場を閉めるのに回ってきた支配人に「家で寝て」と笑いながら起こされ、支配人の車で、何人かのプランナーと共に送ってもらって帰った。
終電は終わっていたからだ。
ようは、やたら音源を聴いていて、そのまま寝落ちしてるということだ。
私は、バーチャルな空間と場面に合う音楽を探している。
色のついた空間だ。
そこは、愛はあるが宗教的にはなんでもありな空間。
今はネットに音源が売られていて、クラウドになっているので、世界中のクリエイターの作品が簡単に聞け、話は随分楽だが、それでも選ぶ作業は変わらない。
ブライダルフェアで選んでいたのも、空間と場面に合う曲だ。
私がやっていることは、今も昔もあんまり変わらないなと感じた。
ひとつ違いがあるならば、与えられた空間ではなく、バーチャルな空間を生み出そうとしていることだ。
自分の中にある色を、自分が眺めてきた世界を、バーチャルならば形にできる、人に分けられる時代になってきた。
また、タイミングよく、新しいサービスが始まっており、新しいソフトが生まれている。
この一か月の間に。
こういう時、私は、聖書の中の一句を思う。
全てのことには、時がある。
まことでございますねえと思う。
全てのことには、時がある。
ジーザスだって、最初のミラクルは、小さなミラクルだ。
水をワインに変えただけ。
全てのことには、時がある。
今は、ひたすら、音源を聴いて寝落ちする時。
毎日、ブライダルフェア前夜。
つまりは、仕込みの時である。