ユニーク
自分の姿をちゃんと認知するのは、なかなか難しい。
心は自分で把握できても、姿は自分では見ることができない。
自己認知と他者の認知にはずれがあることも多い。
自分が思う自分の姿と、他者に見えている自分の姿。
これが個人の話でも、そのずれが大きい時には、認知の歪みが理由で、問題が生まれることが多い。
また、他者は、それぞれの価値観や美意識のフィルターを通して自分を見るから、他者の認知が正しいということでもない。
ただ、その人にはそう見えるだけのことだ。
この話は、個人の話としては、普通に語られることだが、単位を個人から集団に変えても同じことが起きる。
例えば、ある会社のイメージ。
例えば、国のイメージ。
例えば、民族のイメージ。
最近、時々、日本人という表現で、日本人の集団としてのイメージが表現されているのを、見かける。
この一年、海外のニュースでも、時々見かけた。
日本国内で7割くらいの人が普通にしていることが、不思議だったらしい。
自粛だ。
なんの強制力もなく、個人へはなんの見返りもない状態で、禁止されているわけでもないのに、外出自粛のお願いだけで、国民が国や自治体の言うことを聞くことが不思議だったらしい。
最近では、ユニークな(独特な、特異な、素晴らしい、固有の)要素として、それを忍耐強さと評価した外国人もいた。
(余談だが、この人のスピーチを訳した人は、炎上するように、わざと、ユニークをユニークのまま訳したような気がした。なんか悪意のある訳し方だなと思った。日本語のユニークと、英語のユニークは、意味が全部同じではないことは、私が知ってるくらいなので、翻訳者ならば知ってるはずだ。その文脈の中で、ユニークが日本語のユニークと同じ意味のはずがないと、私個人は感じた。)
流行病にかかると差別されるおかしな国は、他には見受けられないようだった。
だから、差別を恐れてかからないように細心の注意を払う発想は、外国人には思い至らなかったのかもしれない。
日本人は、忍耐強かったわけでも、真面目だったわけでもなく、保身の術だというだけの話だと、私は思っていた。
それは理解できないわなあと。
あとは、医療体制が脆弱すぎたこと。
数百人の重症者で医療が崩壊しそうになること。
なぜかは知らぬが、他の国では使われ始めている治療薬が一向に認可されず、肺炎になるまで、対処療法しか取られていないこと。
(まあ、薬害訴訟に懲りてるのかもしれないけど。)
そして、国が本気では対策を取ろうとしていない(ように見える)こと。
本気でやるなら、電車はありえない。
電車ではうつらないと確信しているなら、海外からの入国者に公共交通機関の利用を禁止したりしない。
電車でうつると判断しているから、空港からの移動に電車を使うなと指示しているわけで。
デパートよりよほど人がいるし、顔が近い。
スーパースプレッダーがひとり入れば、下手すると車両全員が感染する。
スーパースプレッダーは無症状の人だ。
他の国より感染状況がひどくなかったのと、役所がテレワークができるインフラ状態やデジタル環境でなかったこと。
年齢的に重症化しやすい年齢の人は、満員電車には少ないと予想できたこと。
そんな感じなんやろやと思っていた。
実際ひどいことにはなっていない。
電車に乗る人そのものは。
逆に電車が大丈夫なら、博物館は開けてもいいはずだ。
なんとも不思議で、根拠のようわからん対策。
私は、単に、国が感染対策のお金をけちっただけの話だろうと思っている。
サラリーマンを止めるなら、えらく補償にお金がかかる。
あとは、税収を諦めなかっただけかと。
そうして理由を解き明かすところには、まだ誰もたどり着いていないが、アジア人の重症化は少なく、日本については、なんと昨年はいつもの年より死者が少なかった!というミラクルな結果まででたが。
ともかく、いろんな理由はあるけれど、日本人の7割が自粛したのは、現実的なことを現実的に判断しただけの話だと、私は感じていた。
忍耐強いからとか、真面目だからとかいう精神性の話ではなく、実益を考えただけの話だと。
感染症対策の話を経済対策として処理しようとする政府の下で過ごさなくてはいけなかったわけで、自衛しようとする人が多かっただけの気がする。
というわけで、外国から日本人を見た姿と、日本の中から日本人を見る時には、多分にずれがあるような気がする。
お褒め頂きましたが、日本人が、日本人固有の(unique)粘り強さを持つわけではなくて、政府のことを諦めてんですよ、だから、自分たちでがんばるしかないと思ってる人が多いだけと、誰か教えてあげたらいい。