対立構造とミッフィー

 対立構造は、側から見る分には面白い。

ドラマや映画のサスペンスやアクション、人間関係ものなど。

何か主人公にとっての敵と闘うそういう作りの作品は多い。


そういうわかりやすい話は、子供たちにも人気がある。

平和の国で育つ子供でもそうだ。

何か敵と闘う中を生きるという構図は、人の心に初期段階でプログラムされている自然なものなのかもしれない。



さて。


私の知人に、うさぎのミッフィーのキャラクター商品デザインをしていた人がいる。

作者のディック・ブルーナさんともやりとりがあった。

ミッフィーは、私が子供の時は、うさこちゃんという名前だった。


その時、知人の会社では、一年間を通して日本の季節イベントに参加するミッフィーをデザインしていた。

そして、夏のデザインにブルーナさんからNGが出た。


ミッフィーは水鉄砲で遊んでいた。

その水鉄砲にNGが出たのだ。


知人は、ブルーナさんの口真似で、私に言った。

「ミッフィーは武器を持ちません。それが例えおもちゃでも。」


知人たちは、おもちゃやで?!と思ったそうだが、ブルーナさんはがんとして譲らず、デザインはやり直しになった。


知人は私に、ブルーナさんが亡くなった時に、その話を懐かしそうにしてくれた。



話は飛ぶ。


私はたまに、一年に一日でいいから、世界中のニュースメディアが、ハートフルな心温まるニュースだけを報じる日を、国連か何かで決めたらどうか?と思う。


それは、大人たちに、ミッフィーをみる時と同じ感覚を作ることができるのではないかと。


そして、対立構造を好む心にも、ほんの少しの温もりが生まれることが、何かを変えていくこともあるかもしれないと。