willとwould

実に興味深い経験をした。

たった一語だけが違う同じ質問が、すごく違うことを起こした。


それは、おなじみの質問だった。


「あなたは何が起きればいいのでしょう?」


使われた場面は、6回連続のクリーンランゲージを使ったワークショップの初回の終盤。


初回だったので、その日は、クリーンセットアップという、何かをはじめる時に使えるクリーンな質問をアレンジしたマインドセットアップをした。


このやり方は、私も知っている。

クリーンランゲージ関係のワークショップに出ると、ほとんど必ず最初にやるか、もしくは事前準備課題になっているからだ。


セットアップの最後、だいたいはそこまでの質問の答えを実現するために必要なサポートやリソースを尋ねる場面で、その日は違う質問が登場した。


講師の先生は、「リソースとサポートの質問をする予定だったけれど、変更します」と言った。

「アウトカム(望み)の質問をします。未来形の」と言って、先生がした質問が、”What will you like to have happen?”だった。


willの部分は、普段はwouldだ。


そうしたら、この数年、数々受けたクリーンランゲージ関係のセッションでは、私には登場したことがない種類のメタファーが登場した。


(クライアントさんには、時にそれはある。けれど、私には起きたことがない。)


登場したのは、「Q」(仮称)という名の「まだ触れないメタファー」だった。


触れないメタファーが登場したことが初めてだったのだ。


それがある場所が宇宙の彼方にあっても、私のメタファーは、これまでは必ず触れた。

けれど、その「Q」には、手を伸ばしても触れなかった。


「触って、触って」と、講師の先生は笑った。



その数時間後、私に、静かな、非常に小さな、そして大きな変化が起きた。

とても自然に、それは起きた。

現実の世界の中で、私は、自分の言動とそれに伴う感情の動きから、その変化に気がついた。


感情が動かないことが、いつもと違ったのだ。

ある言葉が、この数年、私には呪いみたいな働きをしていた。

言葉そのものが、自分のテンションを下げるトリガー(引き金)の働きをしていたのだ。


私はそこには気づいていたので、その言葉を使わないようにしていた。


けれど、その朝、私はなんでもない普通の言葉として、その言葉を自然に使った。

そして、その言葉は何も起こさなかった。


それはまるで、呪いが解けたみたいな感覚だった。



Q」の影響だ、と、私は思った。


なぜなら、「Q」は、「新しい日々」という名前のメタファーだったからだ。



新しい日々、呪いがかかっていない日々が、私に静かに訪れた。


私は、英語がどのように私の日々に存在するかという話の文脈で、新しい日々という表現を使った。

まさか、自分が数年間抱えていた日本語の呪いが解けるとは思わなかった(笑)


.........


それにしても、なんだ、あの質問は?と、私は思った。


willを婉曲にすると、wouldなので、2つは同じ意味を持つ。意志未来。

そもそも、未来について尋ねている。

日本語訳に差をつけるとしたら、それは、丁寧さくらいの感じがする。


だがしかし、同時に、wouldwillの過去形だ。



何が違う?どう違う?と、私は辞書を読み漁りはじめた。


理由はひとつ。


日本語では、どう訳せば、違いが出せるかを探りたいからだ。

普通に訳すと、大した違いが出せない。


なんだ、あのパワフルな質問は?

尋常じゃない速さで現実に影響が出た。


数時間は、最短記録だ。


なんだ、あれは?



同時に、たった一語が変えた自分の反応から、私は、今、自分がばかみたいに時間をかけて考え続けている作業は、無駄ではないと理解した。


たった一語、たった一文字、小さな小さな言葉が、人の心や思考の反応を変えることを、私が再び体験したからだ。



それにしても、なんだあれは?

willは、何ものだ?