1月〜今への接続点の確認。

 


4回目のセッションの望ましいアウトカム:私はもっと強くなりたい。でも、思考パターンの中にバインドがあります。それから、障害物があります。強さを生み出すために、自分の感情と思考に新しいパターンが必要です。


このセッションの中、私はいくつかのことに気がつきます。その話の個人的主観のみについては、日記に書いています。今年の1月24日〜29日にかけて。


ともあれ、セッション後、私が描いた2枚のマップはこちらです。

まずは1枚目。



このマップの下の方の葉っぱに乗っている片羽根の天使は、どこから現れたかというと。

シンボルは以下のように進化してきています。


「言葉にならない願い」



「緑の葉っぱ」



「5番目の葉っぱ」



「片羽根の天使」


とこのように、シンボル名が変わりながら、少しずつ情報が細かくなっていっています。
最初は、「言葉にならない」状態だったわけで、それが、「天使」にまで辿り着いたことは大きな変化です。

そして、この時、私は、この「片羽根の天使」が葉っぱに「乗って」、「川」を流れていっていることには特に意識を向けませんでした。

勘のいい人はお気づきになるかもしれません。

なぜ、私が、自分はこの一年間、ずうっとこれをやっていたのだ・・・と思ったかに。


この「片羽根の天使」のある方の羽は、「英語で作られた」とその時、私は言いました。
そして、「まだない羽根」は「日本語で、自分で作る必要がある」と言いました。


その時、その「まだない羽根」について、私がぶつぶつ言っていたのを聞いてセッション中、思わず、ファシリテーターをしていた魔法の書を書いた魔法使いの一人が「英語と日本語は、何が一体そんなに違うの?」と、もはやクリーンランゲージではない質問を投げかけてきました。

「何かが違うんです」と私は言いました。

そして、それから、その「まだない羽根」を作るための、クリーンな質問が続けられ、そして、セッション最後に、また、「バインド」が登場しました。
こちらは、シングルではなく、ダブルバインド。より強固なバインドです。


そのマップはこちら。

頭とお腹にある2つの「私自身」に挟まれた、「裁判官」の守っている「鉄のゲート(門)」が登場しました。

ただやればいい、やりなさいよ、と頭とお腹はいう。
けれど、私の中心部にある鉄の門に立つ裁判官が、「安全ですか?危ないですか?」と問いかけて門を開こうとはしないと言う絵です。

これを、簡単にいうと、「とってもやりたいけどさ〜、やりたくないの!」です。

「安全」でなければ。


勘のいい人はお気づきになるかもしれません。
このゲートの中は何なのか?

「安全なことがとても大事なのだ」と主張した別のものが、最近、いたことを。


ともあれ、セッションは終わり、私は、バインドについては考えず、ともかく、最初のマップの中にいた、天使たちのことをしっかりと絵に描いて意識しておきなさい、と言われました。




空を飛んでいますね、「天使たち」。
この「天使たち」が現実の中で何を指しているかは、その時点でも、私ははっきり把握していました。





そして、セッション後に私はある行動を取りました。


枠の中の日本語はこうです。

4回目のセッション後、私は、ワークショップの参加者に送られてきた参考資料を日本語に翻訳しました。その資料を読んだときに、私には、それは、「天使がくれた葉っぱ」だと思えたからです。そして、翻訳した後、私はそれをインターネット上でシェアしました。

そして、そのあとで、私は、気がついたのです。
私が、自分自身が翻訳した記事に、翻訳者として自分の名前を書いたのは、それが初めてだと言うことに。
(そこまでも翻訳記事をシェアしてきていましたが、私自身が翻訳した時、それまでは、私はそこに、自分の名前を入れていませんでした。)


そして、1月の私はさらに説明しています。


枠の中の日本語の大筋はこうです。(もし、英語と日本語が違うと思ったら、日本語が正解です。なぜかですか?だって、私が書いた英語だからです。笑)

・・・・・・・

私は、日本語と英語の違いについて、考え続けてきました。
そして、はっきりと何が違うのかがやっとわかりました。
これは、ずうっと長い長い間欲しかった答えです。

「色」

英語で書かれた言葉が、西洋文化の中にある時、それは緑色の葉っぱです。
でも、その葉っぱが日本に到着すると、葉っぱの色は青色に変わるように見えるんです。
青色は、葉っぱには不自然な色です。
これが、私が、長い長い間、感じていたことなんです。

長い長い間、私は、なぜ、クリーンランゲージ&シンボリックモデリングが、日本語では、英語と同じように機能しないのだろうと不思議でした。
緑の葉っぱを、元の文脈やアプローチ、意味、その他もろもろはそのままの緑の葉っぱのままで、そして、「日本語の」緑の葉っぱが、私には必要なんだと理解しました。

私には、「青色」のための「黄色」が必要なんです。
(青に黄色を足すと緑になります。)

そして、私がこれに気づくと、痛みは、どこかに消えていきました・・・・。


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そして、その後、最終セッションのための望ましいアウトカムが登場しました。



最終セッションのためのアウトカム:
私は、希望と豊かさを生み出す知恵を私の母国に運びたい。
私は、自分は強くないと知っているし、羽根もまだ一枚しかありません、だから、私は、私がこの私の望みが可能になるように、自分のリソースを集めたい。
私は、アウトカムのために、自分のリソースを集めたい。


・・・・・・・・・


これが、1月の話。


話を今に戻しましょう。

今年1年、主に夏が過ぎたあたりから、私の体は動き始めました。
夏場に、私はものすごく思い切った行動を取りました。

それは、青を緑にするために、どうしても解決する必要があったことでした。
それを解決するために、天使は手を貸してくれました。
たくさんの天使がそこにいました。

そして、今、私は、自分の「強さ」をかき集めようとしています。


その最中、「船」について調べている中で、私はこの1月のセッションのデータにたどり着きました。
それを振り返っている中で、私が、「船」の特徴としてあげた、「カヌーみたいで、すぐにひっくり返りそうになる」と言う特徴が、どこから来たかに気がつきました。




カヌー「みたい」と表現していたのは、それがカヌーではなく、葉っぱだったからなのですね。
その後、「船」は「自我」だと私が気が付いたのは、「me」とそこに書いてあったからです。

ほんで、絵をみる限りは、その船の中、または、船の上に、「me」(私)がきっといるはずですね。
まだ登場してないけど。

その船には、天使が乗っているはず。





さあ、天使は天使のままか?
それとも、別の何かに変わっているか?
そして、羽は生えたのか?


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以上が、クライアント本人の視点から、自分自身のメタファーマップ(メタファーを絵に描いたもの)から、理解できることです。


これがもしも、他人の内面だったら、さっぱりわかりません。
(ただ、推測は立ちますね。ある程度は。)


こういう体験を数年続けてきた今、私は、自分には他人を理解できないとはっきりわかっています。
もう、清々しい気分で。


こんなん理解するのは、無理でしょう。笑
私が特別と言うことではないのです。
誰の心の中もこんなんです。

わかんねえよ。

(だから、質問するし、だから、コミュニケーションするのです。)


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そして、もう一つ。

この数年、私が魔法使いたちからセッションを受けるとき、そのお題のほとんど全ては、クリーンランゲージ&シンボリック・モデリングに関わることでした。

これは、私が、他に他人に相談する必要がある問題を抱えていなかったと言うことが、一つあります。

クリーンランゲージ&シンボリック・モデリングが、私がこれまで学んできたどの技法とも違う点はここでもあります。
それまでに学んだ技法は、私自身の癒しにとっても、それが必要だったのですが、クリーンランゲージ&シンボリック・モデリングだけは違ったのです。

私が純粋に、本当に純粋に、他者に提供するためだけに勉強しようと思った技法は、これだけなのです。
(もちろん、私自身もものすごく成長はしているのですが。実験台が自分だから。)


そして、私は、セッションにクリーンのことを出し続けたもう一つ別の理由に、今、気がつきました。
それは、私は、共通の話題をセッションに出すことで、自分の言語力を補ってきたことです。

普通にディスカッションするのは、私には難しかった。
どうやっても、伝えたいことを伝えられなかった。
けれど、メタファーでなら、自分の見解を伝えることができたし、彼らにも理解しやすいからだと。

それを意識せずにやったな、と。

体は賢いんですよ、ほんとにね。
ほんで、頭には教えないんですよ。種明かしはいっつも後。

私がペラペラ喋っちゃうか書いちゃうと思ってんでしょうね。多分ね!


ここから、言語化されないとき、その理由には、秘密保持もあると、私は学びました(笑)


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さて、私と私のセッションに戻りましょう。

クライアント(私)は、そろそろ、メタファーマップ(絵)を描いてくる頃でしょう。

魔法使いたちが、ベースはやってくれているので、私は、どうなったかの確認だけをすりゃいいのだと、ファシリテーター(私)は、とても気楽な気持ちになりました(笑)