「ゆかりちゃん」の夢
今日の主役はゆかりちゃん。
5歳の少女だ。
黄色い帽子をかぶり、紺のスナップに紺のショートパンツ、黄色いカバンを肩から斜めがけしている。
毎朝、お母さんに引きずられるようにして、歩いて10分の幼稚園に通っている。
引きずられている理由は、ゆかりちゃんは朝起きられないからだ。
幼稚園では楽しく遊ぶ。
幼稚園が終わると、向かえに来たお母さんと一緒に借りる絵本を選ぶ。
それから、仲良しのお友達の家に寄って遊んで帰るか、家に帰ってから、近所のお友達と遊ぶ。
近所には20人弱の子供たちがいて、年齢はバラバラだったが、ゆかりちゃんは3歳くらいからその中で遊んでいた。
めんことどろたん、かくれんぼ、だるまさんが転んだ、ブランコからの靴とばし、それから、琵琶を盗むのと、近所の家の鍵に割り箸を突っ込んで鍵を壊してドアを開けるのが流行っていた。
シャボン玉遊びが特にお気に入りだった。
ゆかりちゃんには、子供以外にも友達がいた。
近所の外に住むおじさん達だ。
このおじさん達とゆかりちゃんは、話があったが、お母さんに言うと怒られるので、おじさん達とゆかりちゃんの友情は秘密だった。
ゆかりちゃんは、知らない大人によく話しかけたし、話しかけられた。
お母さんは、いつかゆかりちゃんはさらわれると心配していた。
人さらい、がいるらしかった。
ゆかりちゃんは、ダンゴムシやカナブンを飼っていた。
毛虫を飼おうとして捕まえて、手のひらが毛虫の毛のせいでブツブツとかぶれたことがあった。
鼻の穴からどんぐりを飛ばす遊びが流行った時は、間違えて吸い込んで、耳鼻科に連れて行かれた。
神社の裏の薄暗い耳鼻科の女医先生は、ひどく怖くて、ゆかりちゃんは恐怖を感じ、もうどんぐりを鼻にはいれないと決めた。
その頃、ゆかりちゃんには、生まれてはじめて、これを習いたい、ということが登場した。
近所の公民館で開かれていたバレエ教室だ。
ゆかりちゃんは、髪の毛をくるっとまとめて、タイツを着て、鏡の前で何かしているのを窓の外から覗いた。
お母さんにバレエ教室に行きたいと言うと、「ゆかりちゃんは体が堅いからむいてないわよ。他には何かない?」と聞かれた。
お父さんにバレエ教室に行きたいと言うと、「バレエ?向いてへんのちゃうか?」と言われた。
ゆかりちゃんは、少しだけ、行きたいと騒いでみたが、ゆかりちゃんはたしかに体が堅くて、バレエは体が柔らかい必要があるという説明に、とても残念だ、、、、と思った。
時は流れて40年。
私は、例によって、ヨガの最後の死体のポーズで仰向けになって目を閉じていた。
そうだ、バレエがやりたかったんだ、と唐突に思い出した。
そうだ、バレエをやろう。
ヨガで体がもう少し柔らかくなって、ピラティスで体幹をしっかりさせて、前屈で手が床につくようになったら、バレエ教室に通おう。
その日、ヨガのBGMに使われていたのは、多分だけどいわゆるヨガ用の曲ではなく、モダンダンスやコンテンポラリーダンスが使うようなピアノ曲だった。
そして、私は、なぜ、ヨガのレッスンがこんなに楽しいかを理解した。
帰りに体が勝手にスキップした日さえあったのだ。
浮かれていると言ってもいい。
理由は、レギンスを履いていて、鏡の前でポーズを取り、音楽に合わせて「踊って」いるからだ。
ゆかりちゃんの夢に近い。
体の中のゆかりちゃんは、ヨガとバレエの違いには気がついていない。
私の体は、ヨガとピラティスを、ダンスだと理解している。
ゆかりちゃんが欲しかったのは、柔らかい体。
柔らかい体があれば、バレエ教室に行かせてもらえたから。
生まれてはじめて、自分から習いたいと思ったもの。
40年後、ゆかりちゃんは、自力で、ゆかりちゃんの夢を叶えはじめた。
バレエがうまくなりたいのは、ゆかりちゃんの望みではない。
バレエ教室に行きたいのが、ゆかりちゃんの望みだ。
バレエがうまくなると私は思わないが、バレエ教室で楽しい思い出を作ることは可能だ。
ゆかりちゃんは、諦めてはいなかった。
やりたいことは必ずやるがんこな少女、それがゆかりちゃんだ。
ゆかりちゃんが人生で最初に描いた夢を叶えてやろう、と私は思った。
私の腰痛と肩こりの解消と、ゆかりちゃんの夢は利害が一致するからである。笑