ハロウィンの夜
ハロウィンの夜。
ピニャータを前に、ゆかりちゃん7歳は張り切っていた。
ピニャータは、ロバの形をしていた。
住んでいるマンションのホールには、国籍はばらばらの子供たちがゆかりちゃんと同じように張り切って集まっていた。
おのおの、手にはかぼちゃの形のバケツを下げている。
ゆかりちゃんは、浴衣を着ていた。
昨年に引き続き、魔法使いのかっこうをしたいとお母さんに訴えてみたが、今年もやはり浴衣を着せられて、それは少し不満だった。
いよいよピニャータがはじまり、あと少しで割れそうな時、端で見ていたお母さんがゆかりちゃんに大きな声で言った。
「危ないから真ん中からよけなさいよ」
小さな子供は、ハイエナのようにおこぼれを拾うのが暗黙の了解だ。
しかし、ゆかりちゃんは、張り切っていた。
たくさんのお菓子を拾うのだと。
ピニャータは割れ、お菓子がバラバラと降ってきた。
ゆかりちゃんはお菓子を拾う前に、大きい子供に弾き飛ばされ、踏まれた。
泣きながら、大人のところに戻ると「だから言ったのに」と、大人たちは笑った。
泣いていたらお菓子がなくなるわよ、とだれかがゆかりちゃんにいい、ゆかりちゃんは泣きじゃくりながら、散らばるお菓子の元に戻って、お菓子を拾った。
ゆかりちゃんが欲しかったのは、チュッパチャプスのチョコレート味とチェリー味だったので、泣きながらも、チュッパチャプスを探した。
ピニャータが終わると、近所の日本人の子供たちと一緒に、同じマンションの日本人の家をお菓子をもらいに回った。
ゆかりちゃんと妹は小さい子供のチームだったので、大きい子供の後ろをついて。
どこかの家では、日本のエンゼルパイを用意してくれていて、子供たちは興奮でざわめいた。
エンゼルパイだ!
エンゼルパイは人気だった。
全部の家を回り終わると、子供たちはマンションの前庭で別れ、ゆかりちゃんと妹は、前の家の三姉弟と5人でエレベーターホールに向かった。
その途中、白人の子供たちが、石を投げてきた。
ゆかりちゃん達は逃げた。
時々、そういうことがあった。
いつも、大きいお姉ちゃんが、大丈夫よと言った。
自分の家に帰ると、そこから、ゆかりちゃんと妹は、お母さんからも少しだけお菓子をもらい、それから、かぼちゃのバケツをひっくり返して、お菓子のトレードをした。
夜なのにお菓子を食べていいハロウィンが、ゆかりちゃんは好きだった。
楽しかったな、でも、来年は、魔法使いのかっこうをしたいと思った。
来年は来なかった。
ゆかりちゃんは翌年のハロウィン前に、日本に帰ってきたからだ。
ゆかりちゃんは、日本にハロウィンがないことを残念に思った。
今年、ゆかりちゃんよ、と私は思った。
日本にも、ハロウィンがあるよ。
そして、今は、チュッパチャプスもある。
私は相変わらず、チェリー味が好きよ。