どこから話を始めるか? | 徒然なるままに、シンボリック・モデリング考察
コミュニケーションにおける国際交流の可能性、小難しく書くとそのような感じのことに気がついた。
始まりは、一昨日、何が起きたのだろう?ということを、考えたこと。
もう、マニアックすぎるけれど、ここしか書いておく場所がないので、ここに。
英語でこれを書ける自信は、私にはまだない。
起きたことは、シンプルにいえば、クリーンランゲージ&シンボリック・モデリングのトレーニングに参加したこと。そのトレーニングは、それぞれがみんなの前でセッションをして、フィードバックをもらうというもの。
トレーナーは、マリアンだ。
その中で、自分がファシリテーターをやった時のこと。
私は、ごく普通にセッションをした。
個人的には、感想としては、可もなく不可もなく。
まあ、いつも通り。
変わったことは、何一つしなかった。
ところが、セッション後にもらったフィードバックは違った。
私の解釈では、クライアントが最初に言った言葉の中は、アウトカムがいくつか含まれていた。
けれど、今、その瞬間、すぐに達成できるアウトカムは一語のみで、それはすぐに可能だと思われたので、私はそこから始めた。
後のことは、そのアウトカムが達成できれば、自ずと芋づる式について来ると推測できたからだ。
ざっくり言えば、視野を確保しにいくことからはじめた。クライアントが、アウトカムの中で、視野にかかわる知覚動詞を使ったからだ。
翻訳したら、視野にかかわる言葉になるかは微妙な単語だが、動詞自体は、知覚動詞だった。
どう考えても、そこから始めるしかないと私には思えたので、そうした。
ラッキー、わかりやすかった!くらいに思った。
しかし、皆は違うことを言った。
先に言っておくと、私のセッションは、素晴らしかったと皆が褒めた。
本人は、先にも書いたが、いつも通りにやっただけだ。
変わったことは、何一つしなかった。
マリアンもよくできていたと言った。
そして、それから、けれども、トレーニングなので、と、いくつか、「まだ他にもできた可能性があること」を説明してくれた。
私のニーズはそれなので(満足しているなら、トレーニングには参加しない)、もう、それを聞かせてもらうのはワクワクした。
ともかく、それで、私は、考え始めた。
何がどのように、違ったのか。
なぜ、私には、そこしかないと思えたアウトカムの最初の場所が、他の人にはそうではなかったのか。
私は、皆のフィードバックの中に「システム」という言葉が何度か登場していたのを思い出した。
そして、昨日、そういえば、と、最近のシンボリック・モデリングのオンラインワークショップで聞いた話が、ふっと浮かんだ。
なぜ、ジェームズは、スキーマの話をした時に、トランジェクターとランドマークの話をしなかったのだろうと。
地と図の話もしていなかった。
(わからない人は、検索をかければ、すぐ出てくるので、知りたい人は自分で検索してください)
そして、それから、私が一昨日したセッションは、トランジェクターとランドマークではなく、参照点とターゲットの順で、アウトカムを確認していったので、それで、みんな驚いたのだと、私は気がついた。
それは、日本語の一般的な認知の構図だからだ。
そこにいたのは、母国語が英語の人ばかりではないが、全員、英語話者だ。
私が知るぎりでは、英語と文法が同じ言語。
それから、ひとりは、バイリンガル。
認知の順番は、どっちが正しいということでもない。
ただ、ものをみていく順番が少し違うだけ。
同じスキーマを理解するのでも、一般的に、その中での、認知の仕方が、英語話者と日本語話者では違う。
もちろん全員一緒じゃない。
個人個人は、もっと違う。
スキーマはユニバーサルでも、そこに対する認知の仕方は、文化によって違う。
私は、きっとだから、ジェームズは、ユニバーサルに使えるように、ただ、スキーマだけを説明したんだなと思った。
トランジェクターとかは、こう考えなさいという縛り、前提になる。
そして、思ったのだ。
じゃあさあ、もしかしたらさあ、英語圏の人に私がセッションすると、私は、魔法使いみたいになれるのかな?
普段、その人たちはやらないやり方で物を考えることができるから。
そして、思ったのだ。
じゃあさあ、もしかしたらさあ、全く英語のクリーンランゲージを日本向けにアレンジせずに突っ込んだら、それはもっと日本語話者の人に、魔法みたいな働きをするのかな?
日本語でやるときは、アウトカムのトランジェクターの場所をいきなり、ダイレクトに確認したら、そこから魔法が始まるのかな?
そして、英語でやるときは、アウトカムの参照点の場所を、一番最初にやれば、視点の反転が起きるのかな?
セッションは日常会話ではない。
技術だ。
さあ、どうなんでしょう。
心がとてもワクワクした。
やってみよっと。