DAY52: 好きの力を使う技法

 つらつらと。



どうやれば、「クライアントは好きなだけ、同じ場所をくるくる回ったり、ぐだぐだしていいこと」をPROモデルを学習する際に、ファシリテーターが学べるか?


けれど、ファシリテーター自身は、アウトカム志向でい続けられるか?



最初に、言葉を見分け、それぞれに使用する質問を覚える段階で。




PROモデル、「それは言葉を区別するためのものであって、アウトカムを出せと、クライアントに求めているわけではない」と、問題の扱いを習っていない初心者ファシリテーターが体験として理解するワークはどんなものか?



「プロブレムに価値がなく、レメディにも価値はなく、アウトカムに価値がある」とは誰も言っていない。

それらは全て、クライアントには価値がある。


探求する価値があると思っているから、クライアントは、それを言う。

実際、シンボリック・モデリングでも、プロブレムやレメディを探求することはある。


まあ、レメディを探求するのは、プロブレムを探求するのと変わらない。

定義によれば、レメディは、「プロブレム+望む言葉」だ。

そこには、プロブレムが含まれる。


つまり、クライアントが、「好きではないか、価値を認めないけれど、クライアントの人生に存在するもの」が含まれる。


シンボリック・モデリングが、クライアントが発展できるようにファシリテーションするものは、クライアントが「好き、または、価値を認めているけれど、今はまだここにないもの」だ。




PROモデルは、最初の頃にはなかった。

それが生まれた頃、彼らは気づいた。


多くのファシリテーターが、問題に引きずりこまれていくことに。


アウトカム志向のファシリテーターは、本当に少なく、ファシリテーター自身が問題を好んだり、クライアントの問題を解決することに意欲を燃やすことが多いことに。


クリーンランゲージは、問題を解決しようとはしていない。

どっちかというと、Art(アート)をやろうとしている。



そうして生まれたのが、PROモデルだと、私は理解している。

ファシリテーターをサポートするために。


彼らが生み出したモデルは、どれもそうだ。

ファシリテーターをサポートするために。



生まれながらにアウトカム志向のファシリテーターがいるとしたら、おそらくは、PROモデルやシンボリック・モデリングを覚える必要はないと、私は推測する。


ただ、クリーンな質問とその機能、クリーンなスタンス、トライアログについて理解すれば、クリーンランゲージは使用できるのではないかと思う。


デイビッドがしていたことは、特殊な心理療法ではなく、心理療法のひとつだ。

ファシリテーターの立ち位置が、共感的な技法とは違うけれど、じゃあ、ロジャーズが目指したところと、デイビッドが目指した場所がかけ離れているのかといえば、私には、そうでもないように感じられる。


要約しないことと、知覚の位置を動かさないこと、こちらからメタファーを導入しないこと、そこは違うけれど。

文脈を尊重しながらも、クリーンランゲージが目を向けているのは「構造」で、そこもナラティブ重視の技法とは少し違うけれど。


(そして、そのテクニカルな小さな違いが、めっちゃ大きい違いを生んではいるけれど。)



私が最初に指導を受けたM先生は、似たようなことをしていた。

好きの力を最初に私に教えたのは、クリーンランゲージやシンボリック・モデリングではなく、M先生だ。

M先生は、クリーンランゲージを知らなかったが、似たようなことはしていた。

彼のスタンスは、非常にクリーンだった。


そして、人が自力で、そこに目を向けるように人生を変化させていくのがどれくらい難しいかも、私は知っている。

若い私が、「やってみろ」と言われて、やろうとしたからだ。


だから、「好き」が含まれるものを、非常にスマートに発展させることができる技法、人の心から希望や望み、メタ認知、そう言ったものを引き出せる「手法」が現れた!と、私は、最初にシンボリック・モデリングに出会った日に感動したのを、今でも覚えている。


それを手伝える技を覚えられることは、私に興奮をもたらした。



話は戻る。


さて、どのようなワークをすれば、ファシリテーターがアウトカム志向を身につけられるか?


少なくとも、セッションをファシリテーションするときに、アウトカム志向でいられるように。


理由はシンプル。

シンボリック・モデリングが、アウトカム志向の技法だから。


ファシリテーター個人の考え方がどうこうということではない。

プロブレム志向に価値がないわけでも、レメディ志向に価値がないわけでもない。

レメディ志向は、一般には、ソリューション・フォーカスと呼ばれている。



ファシリテーターが心理的抵抗を感じずに、楽しく、レメディとアウトカムの違いを見分けられるようになるワークは、どのようなワークだろう?


アウトカムを探求する方が話が早いと、気づけるのは、何を体験する時だろう?


けれど、クライアントがどうしても、プロブレムを探求したいなら、アウトカム志向のやり方で、プロブレムを探求することもできる、もしも、ファシリテーターがアウトカム志向でいられるならば、と、まだ、プロブレムの探求の仕方を知らない人たちが、誤解を生まずにわかる方法は何だろう?



短い時間で。



さても、私は、難しいパズルを、一番最初にするワークショップに選んだものだ。


でも、ナチュラルボーンなアウトカム志向のみなさん方が生み出したものの中で、ナチュラルボーンにはそうでない人たちが得られる恩恵は、PROの見分け方だと、私は思ったんだよな。



「好きなものを眺めていいんだよ、それが、君に力をもたらすんだ」と言ったM先生の影響は大きいかもしれない。


M先生は、リソースともアウトカムとも言わなかった。

それらはラベルだから。

けれど、その中身の力を、私は教えてもらった。



それが、おそらくは、私が、PROから始めようとした理由だな、と、私がPROフェスティバルを企画した理由に、私は、今、気づいた。



シンボリック・モデリングは、好きの力を使う技法だ。

それを、アウトカム志向、という、と、私が理解していることに、私は気づいた。



「あなたは、何が、起きれば、好い、のでしょう?」