一般化、大衆化。
一般化について考えています。
シンボリック・モデリングは、そもそもは、デイビッド・グローブがしていたことを、分解して分析して、一般化しようとしたことから生まれました。
その過程で、多くの用語は、心理学用語から一般用語に置き換えてあります。
それから、デイビッド個人のメタファーも、抽象概念のメタファーに置き換えてあります。
理由は、シンボリック・モデリングを考えだした人たちが、クリーンランゲージは、診察室やセラピー、コーチングの場面以外でも使えるんじゃないか?と考えたからです。
実際、今現在、クリーンランゲージは、悩みごとや問題がある人がわざわざやってくる場所だけで使われているわけでもありません。
用語が一般用語に置き換わったこと。
「ああ、デイビッドは、やっぱり心理学用語で喋ってるな」と、彼が喋ったものを翻訳した時に思いました。
用語が一般化されたのは、理解を助け使いやすくするためです。
けれど、そのために、テクニカルに少しわかりづらくなっていることがあるのも、たまに、勉強会などで話していて感じます。
シンボリック・モデリングの用語は、主に、作業をしやすくするメタファーが使用されています。
なぜその作業をするのかという理由の部分は、そのメタファーから推測しにくいことがあるかもしれません。
英語が読めれば、それは全部書いてあります。その言葉はどこから来たか?
これは日本語だけではなく、特に、英語以外の言語で、心理学やコーチングなどの基本的な知識がなく、翻訳されたものだけを頼りにシンボリック・モデリングを学ぶ人たちには、足りないリソースが発生していて、それを補いたいというのが、私が翻訳している理由のひとつです。
そこについては、ワークショップなどにつっこむ時間はありません。
少しは話せても、読めばわかることは、読めばすむ。
また、使いたいだけなら、理解していなくても、作業を覚えれば使えます。
上手いか下手か、できるかできないかは、理解しているかどうかとは、また別の話でもあります。
感覚的に掴めれば、理由はわからなくてもできます。
はさみの仕組みを考えたことがある人は、そんなに多くないはずです。
けれど、理解しなければうまくならない、は、思い込みだし、また、理解してなくても実践(プラクティス)すれば使えるも、全ての人には当てはまらない事実があります。
そして、ある段階を超えたいなら、理論の理解が必要な時点が必ずきます。
何でもそうなように。
天才以外は。
なぜに、ピアニストは、みな音楽理論を学ぶのか。
けれどそういう実務的な話とはまた別で「理解したい」というのは、人の強い欲求のひとつで、それが満たされたときの喜びは大きいんだなあと、最近、私はおぼろげながらも、しみじみ、感じています。
そして、知りたい、と、理解したい、は、また別のものなんだなあとも。
私は、自分自身の欲求としては、知りたい、が勝ちます。
知るためだけに、英語のギャグをひたすら練習して飛行機に乗った過去があるほど、私の知りたいは強いです。
さて、どうやればいいかな。
何がサポートになるのかな?
さらに喜びを生み出すためには。
現在、クリーンランゲージのグローバルなコミュニティの中では、そこからさらに進んで、大衆化の流れが生まれています。
新しいものが、私が知るだけで、数年で3つ誕生しています。
特徴は、どれも、フリー・シェアなこと。
ワークショップは人間が働きますから、無料〜いいお値段までいろいろありますが、テクニックの使用そのものは、基本的に資格制度にはなっていないことが多いです。
レベル分けはあります。
例えば、私は、シンボリック・モデリングのファシリテーター、レベル1です。
でもまだ、レベル2の基準ができていないので、この世にいるシンボリック・モデリングのファシリテーターは、今日認定に通った人も20年近く使ってる人も、みんなレベル1。
のんびりしたその部分は、私は踏襲したいと思います。
そんなこんなで、さて、どうするか。
昨日は一日休んだのですが、一日休んだら、頭がまた何かを考え始めたようです。