会社を辞めてお金を借りた話

 

会社を辞めようかと思いますと、実家に相談スタイルの報告に行ったのは、もう10年ちょっと前のこと。


母は意外とすんなり、あらそうと言った。

お金は後からついて来るが、タイミングは一度しかないというのが理由だった。


父は猛烈に反対した。

「君の性格で、君が最後までサラリーマンでいるとは思えないが、40歳くらいまでは会社にいた方がいいんちゃうか?」と父は言った。

父が反対した理由はただ一つ。

自分で事業など始めた日には、私はもう結婚しなくなると考えたのだ。


私は言った。

「お父さん。副支社長とか経営企画室次長なんてハンパな肩書きより、社長の方がもてる!」


父は「そりゃそうやが」と言った。

それから「お前、もう決めてるんやろう。これは相談ちゃうな?金はどうするんや」と言った。


私は「お金はない。借りる」と言った。

私が話をしに言ったのは、父に保証人になってもらいたかったからだ。


父は「お父さんは反対だ。おい、俺は保証人にはならんぞ」と言った。

担保もない、保証人もいない、貯金もないお前に金を貸すバカはおらんと父は言った。


父は、ともかく反対だったのだ。

父は、なんとしても、私を再婚させたがっていた。


すごすご実家から帰った私に、当時の彼氏は言った。

「なんだ、辞めちゃうのか。普通になっちゃうねえ。僕は、組織の中で女性が上に上がるのは大変だから、それをやってる君がかっこいいと思ってたのに。」


この彼氏は夫にはならなかった。

そりゃそうだ。



さて、実家からすごすご帰った私は、徹夜を重ね、書き直しまくりながら、数字の羅列の事業計画書や肩書きを並べまくったキャリアシートを書き上げた。

それらの作業は、そこまでの仕事でしていたことと変わりなかったが、どうやればお金を貸したくなるかだけを考えながら、私はそれらを作った。

私は実績がないものに、確実性があるように見せるにはどうしたらいいかだけを考えた。

新規営業の時もそうだが、私はそこに、幻のものがたりを見せなくてはいけなかった。


そして、新規営業の時の気持ちで、政府系の銀行を尋ねた。

売り込むのは、私だ。

私自身しか私を保証できるものを持たなかったからだ。

無担保でお金を借りるには、政府系しかなかった。


父が保証人につけば、父の勤める会社の名前で楽勝の予定だったそれは、保証人がいないという理由で、楽勝ではなかった。

「経歴もしっかりして、話の筋も通ってます。事業計画もしっかりしてますね。取引先も決まってるんですね?保証人さえいればすぐに貸せます。お父さんはどうしても無理ですか?」と尋ねられた。

「結婚できなくなるという理由なので、どうしようもありません」と、私は言った。


今でも名前を忘れない私を担当してくれた融資担当の女性は、家を見に来た後、「あなたの可能性にお金を貸したい」と言ってくれて、抜け道を探してくれた。

そして、上司にかけあってくれて、それから母の貯金通帳を借りてこいと言った。


「お母さんは反対していないんですね?では、お母さんの貯金通帳のコピーをあなたの独立のための貯金だということにしましょう。それで通します」とその女性は言った。


今考えると、それでも、私は父の会社の名前も言ったし、おそらく、そちらも調べたのだろうと思う。


担当の人がお金を貸したいと思ってくれたところまでは私の力だが、母から借りた通帳のコピーと、父の会社の名前がなければ、もしかしたら借りれなかったかもしれない。


審査に3週間かかると言われたそれは、母の通帳コピーを出して5日後、お金は振り込まれた。

「早くしないと動けないでしょう?頑張ってくださいよ」と、担当の人が笑っていた。



その後、凡ミスで、私はいきなりキャッシャフローに詰まる見込みとなり、すぐお金になると生活費稼ぎにセッションを始めた。



そして、昨日、その時の事業の名前を、再び使うことに決めたわけだが、あの頃からここまでの道のりがなければ、(お金に詰まりそうになったことも含めて)、私がこれから売ろうとしているものは揃わなかったわけだなと思った。


私が売るもののテーマは、あの頃の私が求めたものと同じだ。


色。

幸せ。

喜び。

なくてもいいけど、あるとより楽しいもの。



なんとなく、ふふふと私は思った。

結局、力は貸してしまった父のことを思ったからだ。


結婚したからよかったとしましょ、お父さん。