ある午後

出かけた帰り道、パン屋さんに併設のカフェでココアを飲んだ。
店はすいていて、最初、客は私だけだった。

しばらくすると、ベージュの毛糸の帽子をかぶった老婦人が入ってきて、ひとつテーブルを挟んだ席に座った。
アイスコーヒーとパンと一緒に。
老婦人は、パンをひとつ食べた後、私に話しかけてきた。


こういうことは時々ある。
バス停で、スーパーで、駅で、道端で、私は時々、老人から話しかけられる。
小さな頃からだ。
小さな頃は、町行く知らないお年寄りは飴をくれるので好きだった。


私は最初、老婦人が話しているのは何の話か話が見えなかった。
登場人物は、息子、夫、嫁、幼ななじみとつかめた。


やがて、その人の息子さんが一ヶ月前に亡くなったことがわかった。
癌だったらしい。
まだ50歳だった。

そして、老婦人はそれが現実だと信じられず、息子の葬式でも泣けなかったと言った。
夫が死んだ時は、涙が止まらなかったけれどと。
四年前に夫は亡くなったらしい。


老婦人は、明るいさばさばした調子で語り続けた。


そして、写真を見せてくれた。
息子さんとお嫁さんが笑顔で写っていた。
亡くなる少し前の写真ということだった。
いつも持ち歩いているという写真の束の中の二枚だった。

それから、その人は、幼ななじみが二年前に亡くなった時の話をした。


そしてまた、息子さんの話をした。


私はただ、ふんふん話を聞いていた。
途中から祈りたい気分になった。


そして、話がひと段落ついた頃、私は立ち上がった。
「お元気でいてくださいね」と私は言った。


話を聞いてくれてありがとうね、と老婦人は言った。


私はもう一度、お元気でいてくださいと、自分にできる最高の笑顔を作って言って、それから、さようならと言った。