結婚した理由といろいろ

私が結婚した理由。

結婚する!何がなんでも結婚する!と決めたのは、UFOが怖かった、さらわれたらいやだ!というのが、最大の理由。
このたわけた話は、事実かどうかは永遠の謎だが、真実だ。


それより前、自分は結婚した方がいいかもしれないなと思い始めた頃のはなし。
個人的な話だ。


自立して自分の足で立ち生きることが、その前の数年間の私のテーマだった。
当時、それは達成されていて、私は自分の暮らしを楽しんでいた。
自由な暮らしだった。


ある時、私はふと思った。
一人でできるところまでは、もうやった気がする。
一人で成長できるところまでは、やりきった気がする。
この先の景色は、自分ひとりでは見れない景色なのではないだろうか?

もう一つ、同時に思った。
この先に待ち受ける何かに、一人では耐えきれない何かがあるような気がする。
その何かは何だろう?と私は考えた。
そして、おそらくこれだろうという答えに辿りついた。
親の死だ。

その頃、父が、会うたびに、私に尋ねていた。
「君はもう結婚はしないのか?」(私は過去に一度結婚していた時期がある)

父は言った。
「君は、君が思うほど強くない。」
父は、自分達が死んだ後、私が一人になることを気にしていた。
そりゃそうだろう。
この娘は、祖父が死んだだけで、悲しみから鬱病にかかった過去を持つ。


さらに、父がつけた私の名前は、ひらがなだが、その理由は、ひらがなであれば、苗字が何でも見た目のバランスが取れるだろうということで、自分の自由に生きなさいと言い続けた人の、ただ一つの娘の人生に対する希望が、結婚だった。

それは、自分たちの死後の私が寂しくないようにという親心だったのだと、その時、ようやく私は理解した。

とはいえ、結婚したからと言って、ひとりにならない保証はない。
相手が先に死ねば、自分は一人だ。
結婚した瞬間に、相手は死んでしまうかもしれない。
ありえる話だ。

でも、一つくらい、親孝行をしてもいいかもしれないと私は思った。
自分の好きにしなさい、君の人生は君のものだと言う人が、たったひとつだけ、私に望んだこと。


母は、ただ一つだけ言った。
「あなたのペットはうちではもう預からないわよ。動物を飼いたきゃ、結婚しなさい。」

私は動物が好きだが、不在が多いので、預かってくれる人がいなければ、ペットは飼えない。


2人は違う方向から、私に、結婚しろと言った。


そして、私は相手について本気で考えた。
私が、結婚相手に本気で期待したことは、安定収入があることだけだった。
ようするに、相手は会社員がいい、できれば手に技術のある人がいいと思った。
食いっぱぐれのないように。
理由は、自分の収入が不安定だからだ。
それは今後も変わらないだろうと私は思った。

会社員。技術職。

それは、父と同じだった。
ファザコンだわね、と、私は思った。
私の生育過程で、私に経済的安定を与え続けたのは父だから、まあ、仕方ない。


私は、結婚したからと言って、自分の暮らしは大した変わらないだろうと思ったので、暮らしについては、大した期待を抱かなかった。

自分の人生が、結婚程度で、その方向性を変えるとは思えなかった。
(そして実際、変わらなかった。ただ、世界中が敵になったとしても、この人だけは味方だろうという理解者ができた。)


結婚後、数年たって。

私の親友がいつだったか言っていた。
今のあなたは、彼(夫)がいなければいない。
自分では気づいてないだろうけど、あなた、ものすごく変わった。


自分では、自分の内面の変化はわからない。
実際、あまり感じていない。

ただ、結婚前、まだ存在した実家との良好とは言えない関係性は、結婚後消え、新しい家族の景色が私の前に広がった。

私はここ数年、勉強し続けている。

20年抱えた秋の体調不良が消えた。

猫達やうさぎと暮らしている。

夫の母というなんでも相談に乗ってくれる新しい友達が増えた。
実家の問題を、一緒に考えてくれ、勉強にも協力し続けてくれた。

私の現実は、今も変わり続けていて、一人では見れなかっただろう景色がそこにある。


私の内面に変容が起きていなければ、今、この景色はないだろうという理屈は理解している。
特に私と実家との関係性は。

夫の実家と私の実家の間で化学反応が起きたような感じもある。


今、もしも、36歳の私を目の前にしたなら、私は言う。

つべこべ言わずに結婚しなさい。
新しい景色を見に行こう。



とはいえ、私は、結婚推進派ということでもない。
自分はできなかったけれど、一人で人生を輝かせた70代80代の人を見ると、かっこいいなと感じる。

多分、私の方が長生きするので、それは、夫が死んだ後、やってみようと思う。