そこにあるべきなのに、無いもの。
デイビッド・グローブという人がクリーンランゲージを作りました。
けれど、その手前で、デイビッドは、さまざまなセラピストのセッション記録(逐語録)を分析しています。
また、1人だけでではなく、そこには様々な協力者がいましたが、ともあれ、デイビッドは、クリーンランゲージの世界のアイコンです。
私には、権威をデイビッドにもたせることで、他の人が権威的にならない工夫のようにも見えています。
デイビッド、この人は、何かを始めた人のご多分にもれず、自分では、ほとんど書き残していません。
本は一冊ございます。
トラウマにかかわる本。
デイビッドの言葉は、彼の発言をワークショップなどで聞いた人たちが文字にして、それをシェアしています。
ソクラテスもキリストもブッダも自分では書いてませんが、まあ、そんな感じでしょうかね。
その中で、今年一年、私が、何度か聞いたものをご紹介します。
これもまた、いくつか微妙に違うバージョンもあるようです。
まあ、人が話す言葉は、毎回、同じではないでしょうから。
たまに、クリーンランゲージの世界には、おまじないか真言の言葉のように言葉が一字一句違わないことに価値を見出す方もいます。
けれど、私の理解では、クリーンランゲージは、デイビッドの時代から、非常に実験的で、常に、開発モードな感じの技法です。
ついでに、日本語は翻訳です。
おまじないや真言の対極な感じがします。
質問も、一語一句、間違えずに覚えるよりは、「質問の要素」「クリーンな質問のルール」を覚えておく方が、実用性があるのではないかと思います。
私自身は、日本語でも、そう習った記憶があります。
特に、日本語は、語尾を微妙に変化させる言語なので、クライアントの世界観と文脈に合わせた工夫は必要かなと思います。
質問は、文脈的にクリーンであれば、それでよく。
また、この「クリーン」ですが、尺度は、人によって違います。
「あなたはそうなのね」の世界です。
ここは、日本語のクリーンな世界と、英語のクリーンか世界で、私が少し、違いを感じている部分ではあります。
私自身は、グローバルな基準を採用しています。
「あなたは、そうなのね。私は、また違う」
違いを楽しむことにしています。
なぜなら、私、学ぶ場所が、英語だったので、長らく。
違いだらけでした。
クリーンとかいう話だけではなく、まあ、違うことだらけでした。
文化が違うから。
それぞれの「クリーン」の尺度の違いをモデリングしたら面白いんじゃないかと、この前、参加していたグループで、ニック・ポールさん(ボディワーカー向けのクリーンランゲージをしていて、本も出している方)が言っていました。
このグループには、本を書いた人が普通に混じっており、本は書いてないけど、すごいファシリテーターもいて、私、英語の勉強を頑張ってよかった!と、まじで、思いました。
本当に楽しい。
ちなみに、私、「DEVELOPING」の訳を見直そうと、そこに参加して決めました。
現在は、「発展させる」を選んでいますが、「開発する」も、そのDEVELOPINGには含まれていると理解したからです。
「展開」が、発展、開発の両方が含まれていていいかなと、今は思っています。
さて、お待たせしました。
デイビッド・グローブの言葉。
「私はそこにあるべきなのに、そこにないものを探している」
私が探し続けたものは、まさに、そこにあるはずなのに、そこにないシンボル。
主語と目的語が生み出すシンボル。
セルフ。
知覚者(認識者とも言います)。
桃太郎を世に送り出すために、必要だったおばあさんと桃。
私が、探し続けたものは、おばあさんと桃を登場させることができる質問。
ダイレクトに尋ねる以外には、こちらも使えます。
数少ない、質問の中に、もともと「あなた」が入っている質問です。
「そして、あなたは、〜を(〜だということを)、どのように知りますか/わかりますか?」
「そして、あなたな、〜だと、どうやって知りますか/わかりますか?」
〜の部分が、概念の場合は、知りますか。
〜の部分が、知覚やメタファーの場合は、わかりますか。
が、クライアントは、答えやすいようです。
HOW DO YOU KNOW….?
最近、こちらを使って、「私」「自分」「自分自身」という言葉、もしくは、体感覚を含む知覚(つまり体の一部か全部)を引っ張りだせる組み立てを少し実験しています。
クリーンランゲージでは、自分と他人の切り分けをする必要があるからです。
これをファシリテーター側から見ると、介入しないという言葉になります。
あなたの価値観では、考えませんよ。
それはまた、クライアント側がしている作業でもあります。
あなたの価値観だけで、考えますよ。
今日は、なんとなく、こんな感じ。